表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と死神の癒しご飯と最後の手紙  作者: 山いい奈
6章 あともう少し
29/35

第4話 訪れる時

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 テーブルに並んだのは、煮豚にお刺身の盛り合わせ、にら玉と、お揚げと豆腐のお味噌汁。お味噌汁には仕上げに青ねぎの小口切りを浮かした。


 ひとつひとつはそう凝ったものでは無い。だが仕事終わりにしっかりと一汁三菜を用意したことは()めて欲しい。


 野菜が不足気味な気がするが、休日前のご飯なので多少わんぱくでも良いだろう。


「おお、凄いじゃん真守(まもる)! 凄っごい旨そう!」


 帰って来た拓真(たくま)はダイニングテーブルを見て、目を輝かせた。


「早く帰って来れたし、明日休みだからちょっと頑張っちゃった。俺はビール飲むけど拓真はどうする? ご飯炊いてあるし、缶チューハイも買ってあるよ」


「あ、缶チューハイもらう。何味?」


「レモンとグレープフルーツがあるよ」


「じゃあレモンで」


 ビールと酎ハイレモンをそれぞれグラスに注いで、お(はし)や取り皿、お醤油皿なども用意して、ふたりは向かい合ってダイニングテーブルに掛けた。料理はほかほかと湯気を上げている。


「かんぱーい。お疲れさま!」


 グラスを重ねてさっそく傾けると、しゅわぁっと冷たいビールが喉を通り過ぎる。爽快な気分で「ぷはぁ!」と息を吐いた。


 すると拓真も「はぁっ」と心地よさげな溜め息を吐いていた。


 拓真は続けて煮豚を大口に放り込み、もぐもぐと味わうと「んー」と表情を綻ばせた。


「しっかり味が沁みてて、柔らかくて香ばしくて旨い。良いなぁ」


「本当? 良かった。煮豚を作るにはあまり時間が無かったから、簡単な作り方にしたんだけど」


 時間を掛けるなら、切らずに塊肉のまま表面を焼き付けて煮込んて行くのだ。だが手軽な作り方でも美味しくできる。


「充分充分」


 拓真は満足げにい次々をお箸を伸ばして行く。


「にら玉の卵ふわっふわ。しっかりこくもあるな。刺身も贅沢だぜ。まぐろとサーモンに鯛なんてなぁ。味噌汁も旨い。豆腐が良いよな。味噌汁の王さまって感じがする」


 お酒を飲むときには汁物を作らないことが多いのだが、拓真がご飯を食べるのならあった方が良いかなと作ったのだ。


 でもお味噌は宿酔い防止にも良いので、あまりお酒に慣れていない拓真には良かったのかも知れない。


 揚げ物を食べても胃もたれなどをしないと言っていたので、多少深酒したところで影響は無いのかも知れないが、こういうのは気分的な問題だ。


 そうして皿も空になるころ、拓真は穏やかな表情で食卓を見つめるとぽつりと言う。


「俺、死神になってからも、こうしてご飯を食べることができて良かったって本当に思うよ。楽しみができるって言うかさ。俺、結構食べることが好きだったみたいだ」


「食事って毎日当たり前に食べるものだからね。それが楽しみなるんだったら、人生の楽しみが多くなるってことだよね。俺は作るのも結構好きなんだ」


「だから助かってる。俺にもだけど、俺が迎えに行った魂のためにも、ご飯作ってくれたよな」


「そうだね。またいつでも連れて来てくれて大丈夫だよ。なんかややこしかったり難しかったりしないのが良いなぁ。なんとかのエスカベッシュとかって良く分からないし。南蛮漬けとも違うみたいでさ」


「ああ、それなんだけさ、真守」


「うん」


 真守は何気なく返事をする。が、拓真は一瞬言い(よど)む様に目をきょろきょろと泳がせた。真守の脳裏に嫌な予感がかすめ、そっとお箸を置く。


「……拓真?」


 拓真は「ふぅ」と気持ちを整える様な息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。


「俺、もうすぐ死神じゃ無くなるんだ」


 ……ああ、とうとうその時が来てしまったのか。真守はそっと目を伏せる。


 どうしよう、まだ笑って別れられる自信が無い。真守は顔を引きつらせてしまった。そんな真守を見てか、拓真は切なげな笑みをこぼす。


「天国とかに、行くのか?」


 そうおずおずと訊く真守に、拓真は「……ああ」と静かに応える。


「死神の仕事は善行に加味(かみ)されるんだ。俺さ、真守にご飯作ってもらって、それを死んだ人に食べてもらってただろ」


「うん」


「それが前例の無いことだったらしくて、上の方で協議されたみたいでさ。生きてる真守を巻き込んでたことも争点だったみたいで」


「俺は全然構わなかったよ」


「ああ。真守はそう言ってくれるよな。だからそこも検討してさ」


 拓真は悲しいのか嬉しいのか、複雑そうに(まぶた)を震わせる。


「結果、亡くなった人を最大限癒したってことで、評価されたんだ」


「そんな」


 そうすると、結果として真守は拓真が死神で無くなることを、意図せず手伝ってしまっていたのか。


 亡くなった人たちが、真守の作ったご飯を満足げに食べてくれるのは嬉しかった。拓真のために何かできるのも幸いだった。


 だがそれが時期を早めることになるとは、なんと言う皮肉か。


 真守は愕然(がくぜん)としてしまう。拓真が天国に行くことはとても良いことのはずなのに、また見送らねばならないことの悲しさが先に立ってしまう。


 拓真との今生の別れを2度も味わうなんて辛すぎる。


「本当はさ、死神って死者を癒したりする必要なんて無いんだ。けど三途(さんず)の川に送るまでに世間話っていうかさ、心残りとかそういうのを聞いたりすることは多くて、それを慰めたりして、それが癒しみたいになることはあるんだ。だから真守と俺がしたことはやりすぎっていうか、踏み込み過ぎっていうか、そういうのなんだけど、亡くなった人が心穏やかに裁判に(のぞ)むためには悪く無いんじゃ無いかって。そう判断されたらしい」


「それは、良いことなんだよな?」


「もちろん。真守がいなかったらできなかったし、それは本当にラッキーだって思うし感謝してる。結果天国に行くのが早まっちまって、俺も真守との別れがこんなに早くて困惑してるけど、それが死後の(ことわ)りだから。それにさ」


 拓真は言葉を切ると、切なそうに目を伏せた。


葛藤(かっとう)もあったんだ。この前実家に帰っただろ。その時、もう俺は家族の中に戻れないんだなって思い知った。真守とはこうして話もできるからそれで充分なはずなのに、それが無性に寂しかったんだ。あんな思いをするんなら、真守からも離れた方が良いんじゃ無いかって」


 真守ははっとする。実家での両親との団欒(だんらん)、拓真を気に掛けていたつもりだったが、そんな風に感じていたなんて思わなかった。自分の配慮の無さが嫌になる。


「ごめん」


 ついそう口から漏らすと、拓真は「違う、違うんだ」と首を振る。


「真守が悪いことなんて何も無いんだぜ。当たり前のことだったのに、それを受け入れられない俺の心の弱さが駄目なんだ。そんな時に師匠から天国行きの話を聞いたんだ。だからここいらが潮時なんだろうなってな」


 真守は感情を抑えるために、膝の上で震える拳を握る。


「すぐに行くのか?」


「いや、そう急ぐ様なことは無いんだ。俺もそう簡単に踏ん切りがつかないからな。だからもう少し世話になって良いか?」


「当たり前だよ。いつまでもいてくれても良いんだから」


「ありがとうな。けど俺はもう死んでるからさ。死神の仕事が無かったら、こっちにとどまることが不自然だからさ」


「それは、そうかも知れないけど」


 真守の顔は強張ったままだ。目の端が引きつってしまう。


 ああしかし、拓真に心配を掛けさせてしまってはいけない。真守は笑って見送らなければならない。


 自分が拓真の心残りになってはいけないのだ。ああ、もう感情がぐちゃぐちゃだ。


 真守は唇を噛み締めた。だめだ、泣いてはいけない。


「あと少し、頼むな、真守」


 そう優しく労わる様に言われ、真守は無言で頷いた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ