疑惑の遺言書①
それからは案の定というか……。
ユーリと共にクリスティアが教室に現れると和気藹々とざわついていた室内が一瞬、静まり返る。
そして、わっと集まってくる私は間違いだと思っておりましただとか、お怪我がなくて良かったですだとか本心と建て前の入り交じった慰めの言葉の羅列と不躾な視線の数々に襲われた。
その中には一定数、悔しそうな恨めしそうな視線も混じっている。
エルから報告を受けていたがクリスティアへの噂を無責任に広めた者達の視線だろう。
自分達はなにもしていませんとしたたかにクリスティアへと近寄ったりする者や忌々しそうな視線を寄越すばかりで遠巻きに成り行きを見守る者、青い顔をして唇を噛み締める者達がいつか自分を巻き込んだ計略のある事件でも起こしてくれるのではないのかというわくわく感に胸を高鳴らせながら、クリスティアはあなたたちの子猫のような口撃など全く意にも介していないのだからもっと知略を尽くして頑張りなさいという明後日な応援を込めて満面の笑みを浮かべて贈る。
そんな微笑みを贈られて……心にやましい気持ちを持つ者達はきっと最大級の仕返しがこの先に待っているのだろうと終わった人生を悲観し絶望する。
未来にあるのは青春とは無縁の学園生活だろうとお通夜のような空気が流れる教室に始業を告げるチャイムが鳴り響く。
教師が教室に入るなりあまりにも暗く重苦しい空気に居たたまれず早く授業よ終われっと願い、いつも以上に進む授業は空気以外は平穏無事に終わり……体感時間で十時間くらい経った気のする息の詰まりそうな教室から蜘蛛の子を散らすように生徒達が食堂や中庭へと逃げ出していく。
お昼と同時にクリスティアの元へと現れたルーシーは授業中は学園内にある使用人室などで控えているので教室のお通夜のような空気を知らず、がらんどうとなった教室を不思議に思いながら見回す。
そんなルーシーへクラスの違うフランへカフェテリアで共に昼食をという伝言と案内を頼もうと思っていたクリスティアだったが、図書室での話を聞いていたユーリが相談事ならば個室での食事がいいだろうとサロンを用意してくれるというのでそれに甘えサロンへの案内を頼む。
サロンに集まれば手際よく準備された昼食を終え、紅茶を飲んで一息をついたところでクリスティアは向かい側に座るフランへ困ったように眉を下げる。
「申し訳ございませんフランさん、殿下とハリーがどうしてもご一緒したいと言って聞きませんの……もしお邪魔でしたらどんな手を使ってでも退出させますのでご遠慮なさらずにおっしゃってください」
「い、いえそんな……私もその……アスノット様がご一緒ですし……」
クリスティアの左右隣には当たり前のように座るユーリとハリー、そしてフランの隣にはロバートが座っている。
フランの話を相談事だと聞いていたのならば普通同席することを遠慮して然るべきだというのに……。
どうしてこう好奇心が強いのかしらっと自分の事は棚に上げて、男性陣の気遣いのなさにクリスティアは呆れてみせれば主人の意向を汲み取ったのかルーシーが殺気立ち、腕に仕込んでいる短剣を掌まで誰にも気付かれないように滑り落とす。
排除という退席をクリスティアが望むならばその短剣は真っ先にロバートの鼻頭辺りを掠めるだろう。
この三人の招かれざる客の中で一番ルーシーが気に食わないのはクリスティアに対する態度が悪いロバートだ。
そんな殺気にもフランが隣にいるせいか浮かれて気付かないロバートはクリスティアと二人きりでの昼食などけしからんとフランに凄んで(凄んだつもりはなかったがフランにはそう思われた)、自分も共に昼食に参加すると言い彼女が拒否できなかったりことにより同席となったのである。