図書室の喧騒③
「フラン!」
「ア、アスノット様」
一階まで響くほどの怒鳴り声が和やかに談笑をしていた二人へと降り注ぎ、図書室中の視線が一気に二階へと集まる。
その集まる視線と大きな声にビクリっと体を震わせたフランは名を呼ばれた恥ずかしさから俯き縮こまる。
そしてクリスティアは飲んでいた紅茶のカップを静かに置くと、図書室の静寂を乱した人物へと微笑みを浮かべる。
「ロバート様、図書室ではお静かにお願いいたします」
しぃーーと唇に人差し指を当てるクリスティア。
校章のカフスで留められた灰色のサイドウェイカラーのシャツにズボン、茶色の髪を後ろに向かって撫でつけた中央騎士団に所属している準騎士で腰に帯刀を許可されている少年はクリスティアの学友であると本人は納得してないものの勝手に認識されているロバート・アスノット。
あんな事件があったというのにクリスティアの常と変わらない落ち着き払った様子に、ロバートは険のある表情を隠しもせずに眉を顰めると水色の瞳を鋭く釣り上げその姿をギロリと睨みつける。
「騒乱を巻き起こしておいてよくも堂々と学園に来れたものだな!フランに近寄るな穢れる!」
恥を知れと言わんばかりに怒鳴り声を上げるロバートの語気にビクリっと再び肩を震わせるフランと、その語気で吹き飛びそうだと椅子に座ったままロバートから距離を離すように体を窓際に寄せるクリスティア。
ロバートは元々声の大きい方だけれども今日は興奮しているせいもあり一段と五月蠅く、図書室に居る者達からも至極迷惑そうな視線を向けられている。
「あらロバート様ったら、わたくしが巻き起こしたというより周りで勝手に巻き起こったというほうが正しいですわ。誤解なさるなんておっちょこちょいですのね。それにフランさんはわたくしの友人ですから共に居ることにロバート様の許可は必要ありませんわ」
「誰がおっちょこちょいだ!」
ロバートがなにをそんなに怒ることがあるのか分からないが、クリスティアは自ら望んで事件に巻き込まれることはあっても巻き起こしたことはないのでそこは間違えないでくださいと訂正をする。
そのからかいを含んだ声音に眉の皺がどんどんどんどん深くなっていくロバートの険しさに比例してクリスティアの機嫌はどんどんと上昇していく。
ロバートがフランに懸想していることは周知の事実だ、学園の誰もが知っている。
彼女が側にいる限りクリスティアにとって彼は頑丈な鎖で繋がれた吠えるだけで近寄ることのない犬でしかないので、からかうだけからかえるのだ。
「名前を呼ぶな!貴様に名を呼ぶことを許した覚えはない!」
「ロバート様が貴様呼ばわりをお止めくださるならば敬称でお呼びして差し上げますわロバート様。どうぞロバート様わたくしのことはクリスティーとお呼び下さいロバート様」
フランはロバートのことを名で呼ばないというのに何故気に食わないこの女が自分の名を呼ぶのか!
ロバート、ロバートと何度も嫌味のように呼ばれる名前にロバートの苛立ちは沸点が突き抜けて今にも噴火しそうになる。
「貴様のような女が何故殿下の婚約者なのか甚だ疑問だ!」
「ロバート様以上に殿下とはわたくしのほうがお付き合いが長いですのでご心配なさらないで。それより婚約者のまだお決まりになられておられないロバート様のほうが心配ですわ。誰か良い方をご紹介いたしましょうか?犬種はなにがよろしくて?」
「誰が犬だ!大体俺の婚約者はそこに居る!!」
「えっ!?」
「あら、あらあらあら。あなたが思っている以上に婚約者として名指しされたフランさんが驚いているではありませんか、妄言という偽りはストーカーという罪で裁かれましてよ?」
「せ、正式ではないが候補として上がっていれば一緒だろう!?」
「ロバート様。フランさんはあなたとの婚約を了承しておられないのですから勝手に婚約者と名乗ることは道理に反することです、それはフランさんの名誉すら傷つける行いですわ」
婚約者だと名指しされ戸惑った表情を浮かべるフランはロバートを全く見ないようにしている。
その見ないようにされているロバートは確かに婚約者ではないもののフランを想う気持ちに偽りはないので、尤もなクリスティアの忠告にぐうの音も出ずに震える拳を握り締める。