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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
乙女ゲームと遺言書の謎
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図書室の喧騒①

 約六時間前、ラビュリントス学園図書室。


 古今東西の書物を集め、大陸一を誇り一部入館には制限があるものの一般にも広く開放され、学園とは渡り廊下で繋がる別棟にあるこの広い図書室内の一角。


 二階の本棚に隠れた奥まった場所にあり、学び舎まで続く四季折々の花が咲く庭園を望める大きなランセット窓の下に設置されているアームチェアと三脚テーブルの一つに、差し込む陽光を浴びながら胸に学園の校章である剣を支点とした天秤の刺繍の入った淡い灰色地に白いボウタイのロングワンピース、腰にベルトを巻いた学生服に身を包んでいるクリスティア・ランポールはロングブーツの足を綺麗に揃え背筋を真っ直ぐ伸ばし他の生徒達から憧憬や好奇、羨望や嫉妬の交じり合った多種多様の一瞥を受けながらもそれを物ともせずに受け流し、金色の長く真っ直ぐに伸びた髪を揺らし緋色の瞳を隠すように瞼を閉じると、優雅な所作で香り立つ紅茶の匂いを楽しむように持ち上げて一口、口に含む。


 素晴らしい香りであり、深く体へと浸透していく味わいのある紅茶だ。


 閉じていた瞼をゆっくりと開いたクリスティアはこの最上級の紅茶を素晴らしい技術を持って扱った己の侍女であるルーシーへと感嘆の瞳を向け微笑む。


 見たことのない初めて聞く銘柄の茶葉なので少しばかりの不安を滲ませながら主人の様子を伺っていたルーシーは、扱う茶葉の量も蒸らし抽出する時間も全てにおいて完璧以外の言葉が見付からないとそう満足する主人の様子をその視線によって全て理解し、向けられた微笑みに魅了され惚れ惚れとクリスティアの姿を見つめ返しながら最上の誉れを受けた功績者のように恭しく頭を下げると、この茶葉を贈ってくれたクリスティアの対面へと座る人物へと安心して同じ紅茶をカップへと注ぐ。


「とても美味しい紅茶を贈ってくださりありがとうございます、心が落ち着きますわ」


 この図書室の席はクリスティアが座るようになってからはクリスティア専用の席だと周知されており、座ることを許されているのはその親しい友人達だけだと本人の与り知らぬところで勝手に広く認知されている。


 その数少ない許された人物である前に座るクリスティアの友人は自分が贈りそして名実ともに一流の侍女であるルーシーの入れてくれた紅茶を続いて飲むと、落ち着く香りと味わいとをあわせて学園を休む前となんら変わらないクリスティアの様子に安堵の吐息を漏らす。


「いいえ、少しでもクリスティー様の気が紛れたら良いと取り寄せた物ですので気に入ってくださったのなら良かったです。この度は大変な目に合われましたから……」

「ご心配をおかけしましたわフランさん」


 クリスティアと同じ制服に身を包み、淡い黄色の髪を肩まで伸ばしてそれを花の装飾されたカチューシャで留め、穏やかな橙色の瞳を垂れている瞼で隠し花のような可憐さで表情を柔らかくしているのはクリスティアとは初等部からの友人であり伯爵家の令嬢でもあるフラン・ローウェン。


 世間を賑わせていたリネット・ロレンス事件の話を聞いたときは倒れるくらいクリスティアのことを心配して事件解決までは気付け薬が手放せなかったフランだったが、こうして何事も無かったかのように無事なクリスティアの姿をみればどうやら数々の心配はいつも通り杞憂だったことが窺い知れると微笑む。


「とても心配いたしました。私、もしクリスティー様が無実の罪で対人警察に捕まり不当な扱いを受けるようなことになれば厳重なる抗議と共に学園の皆で釈放の嘆願を願うところでしたわ」

「まぁ、フランさんったら。わたくし大変悪い友人ですわね、あなたをこんなに心配させてしまって……ごめんなさい」


 どちらかといえばクリスティアは進んで牢に入りたがっており、対人警察の者を大いに困らせていたのだが……。


 そんな事情などは全く知らないフランはもう二度と同じような心配はさせないでくださいっという意味を込めて悲しむように眉を下げ、瞳を潤ませる。

 そんな可愛らしい拗ね方に、クリスティアは机に置かれたフランの手を握り謝罪の意味を込めて極上の微笑みを向ける。


 その微笑みはまるで女神が天上から降臨してきたかのように慈悲深く柔らかい微笑みで……。


 全ての窓から差し込む光は唯一クリスティアだけ照らしているかのように金糸のようなその髪を絹のように輝かせ、緋色の瞳はその一粒を巡って争いが起きてしまう煌めく宝石のように見る者を眩惑させる。


 その姿はいつも側で仕え、クリスティアのどんな表情も見慣れているはずのルーシーでさえ見惚れてしまい息をするのを忘れるくらいの神々しさだ。

 そしてそれを正面から受け止めることとなったフランは握られた手に早くなる脈拍と顔を赤らめて自分が一体なにに拗ねていたのか混乱し分からなくなる。


 こうやってクリスティアはいつも友人からの心配を誤魔化しているのだ。


「いいえ、そんな……皆が心配した気持ちをクリスティー様が分かってくださったのなら十分です。それと私が心配した気持ちと同様に事件の間はシャロンから何度も連絡がありました、彼女もとても心配しておりましたわ。クリスティー様を陥れた犯人には暗殺に使えそうな丁度良い新しい魔法道具を手に入れたのでそれを使って亡き者にすると意気込んでおりました」

「ふふっ、シャロンが元気そうでなによりですわ。あなたが捕まったら悲しいからお止めになってと連絡しておかなければなりませんね」

「きっとクリスティー様からご連絡をいただけたら喜び、暗殺の件は忘れてしまうと思います」


 学友であり商人である友人は今、商品の買い付けに外遊しているはずだ。

 商売をしているだけあって外国に居ても簡単にクリスティアの動向を知ることとなったのだろう困った友人の過激な発言に、彼女ならば本当に実行しかねないのでそうなる前に対処しなければならないなと学園から帰ったらすぐに連絡しようとクリスティアは決めて、笑みを深くする。

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