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ある日の王太子殿下の憂鬱

「ジーザス!!」


 応接間に響き渡る甲高い悲鳴。


 紙吹雪のように舞うデザイン画を前にしてこれで何度目になるだろうかとこのラビュリントス王国の王太子であるユーリ・クインはソファーの上で顔を手で覆い、耳を貫く上がった悲鳴に項垂れる。


「そんなに酷いだろうか?」

「酷い?酷いなんてものではありません殿下!皆無です!センスを微塵も感じません!あぁ!わたくしの白雪のような素肌がこの悍ましさに鳥肌を!!」


 言葉を槍のように口から吐き出しながらユーリの胸へと突き立ているのはラビュリントス王国一のドレスショップ『アテナの仕立屋』の主であるアラクネ。


 フリルの白いシャツにオリーブの葉の刺繍の入ったサスペンダーパンツ、仕事道具の入ったウエストポーチを憤慨したようにガチャガチャと揺らし、耳に掛けたミニボブの茶色の髪の毛を逆立てて、今にも自身の薄紫の瞳が腐りそうだと舞い落ちたデザイン画達に絶望している。


「見て見て姉様、これとかやばくない?これを着ないといけないかもしれないクリスティーお嬢様がお可哀想、クスクス」

「やばいやばい。ハリー様はセンスあるブレスレットを婚約者様にデザインするのに王太子殿下は……ぷぷっ」


 アラクネに付いてきた幼い狐目の姉妹の針子達はピンクと黒のフリルがふんだんに使用されたエプロンドレスのロリータファッション(アラクネの趣味)に身を包み床に散らばるデザイン画を汚い物を触るかのように人差し指と親指で持ち上げて肩を揺らし笑う。


 その様子と声は容赦なくユーリの心を穴だらけにする。


 宰相閣下の令息でありユーリの友人であるハリー・ウエストが装飾品のデザインが得意なのは幼い頃から婚約者のためにブレスレットを制作してきた経験があるからで……。

 既製品でしか贈り物をしてこなかったユーリとは違うのだと心の中でだけ言い訳しておく(口に出した途端今まで一体どんな贈り物をしてきたのかと怒られるのが目に見えているので)。


「ほら、あなた達お笑いになるのはお止めなさい。よいですか、殿下におかれましてはこれがクリスティーお嬢様との初めての夜会。ドレスをお送りしたいとお思いになるその心意気はこの数日の目にも当てられない数々のデザイン画だとしても忙しいご公務を縫ってお作りになられたことでしかと伝わりました。そして理解いたしました。1から全て殿下に任せようと思ったわたくしの愚かさを」


 このデザイン達のなにが悪いのか分からないユーリには王国一の仕立屋の言葉へと言い返す言葉を持ち合わせていないしそんな元気もない。


 否定され続けて地の底まで落ちた自尊心はアラクネの言うことをただ疲れた表情を浮かべて頷き聞きながら、か細い声でそうかっと呟く。


「大体婚約者であらせられるクリスティーお嬢様との社交の場ではペア感がある装飾品やドレスを選んで然るべきですわ。陛下や王妃様もお互いの瞳の色を模したブローチをお付けになられているでしょう。殿下がお選びになるのは自身から遠く遠く遙か遠くに離れたお品ばかり」

「いやそれはだって……」

「恥ずかしいなどとおっしゃられるのでしたら夜会のエスコート役など諦めておしまいなさい」


 ぴしゃりとアラクネに睨まれるように窘められユーリは口を噤む。

 アラクネには思春期特有の気恥ずかしさなど理解されないのだろう……いや理解していても配慮はしないのだろう。


「しかもクリスティーお嬢様のことを本当に考えられたのかと疑いたくなるようなピンクのフリル、イエローのプリンセスライン、エメラルドグリーンの……なんですかこれはネグリジェですか?子供っぽく見せたいのか大人っぽく見せたいのか統一感の全くない!こんなものは全て祭りの道化師が着るお衣装ですわ!あぁ!わたくし、眩暈がいたします!」


 昼間の茶会などで見る令嬢達の服を参考にしてみたのだが……。


 青い顔で額に手の甲を当ててソファーへと体を倒したアラクネへと姉妹がすかさず美しい装丁の冊子を取り出し渡す。

 どうやらアラクネが手がけたデザイン画らしいそれを見て、綺麗、可愛い、素敵だわっと気分の上がる呪文を唱えて心を落ち着かせるアラクネにユーリは自身が作ったものはそんなに酷いデザインだったのかと申し訳なさでどんどんと縮こまっていく。


「メリー、シア、色見本とデザイン帳をお持ちして」

「「はーーい!!」」


 自身のデザイン画を見て幾分か落ち着いたのだろう。


 ユーリのデザイン画を散々腹を抱えて笑っていた姉妹はアラクネの命に元気に返事をして鞄から二冊の冊子を取り出しそれを机の上へと開く。


「まず、この度の夜会へとクリスティーお嬢様が参加なさるのは公爵閣下の名代です。鮮やか色よりかは落ち着いた色合いをお選びになられたほうがよろしいでしょう」


 ユーリが選んだような若い子が自分の存在をアピールするような色合いの物は論外だ。

 冊子からあまり明るすぎず暗すぎない色のみを取り出しアラクネは机へと並べる。


「ですが大人っぽすぎてもいけません。社交という貴族の戦場では相手を油断させることも大切でございます。年相応の幼さも残すべきですのでシルエットは少し子供っぽく……そうですねスカート部分の両脇をリボンで留めたようなドレスが良いでしょう」


 今度はデザイン帳を開きドレスの品定めをしながら一つ二つ三つと選別していく。


 貴族の御用達でもあるので社交がどういった意味を持っているのかアラクネはよく理解しているのでそれに見合った衣装を選んで色見本と同じようにユーリの前へと差し出す。


「デザインに関してはこちらの候補からお選びください。色や装飾品などの細かいところは殿下の意見を参考にして決めるといたしましょう」

「あ、あぁ……分かった」

「ではまず色を決めましょう。色が決まるとドレスのデザインも選びやすいですから」


 お前にセンスはないのだから1からドレスを作るのは諦めろと暗に伝えるアラクネにユーリは頷くしかなく、机に並べられた色見本を見つめる。


「ふむ……色は、これはどうだろうか?」


 ユーリの目に入ったのは青紫色の見本。

 選んだ色が自身の瞳と似た色だと思えば気恥ずかしさがあるもののペアであるべきだとのアラクネの助言に素直に従う。


 ユーリが選んだ色がその瞳を模した青でないことを不満に思いながらも、思春期特有の恥ずかしさは理解できるので若さ故だと妥協してあげるべきかと頷こうとしたアラクネに更にユーリは気恥ずかしげに続ける。


「それでこれを青紫から青になるようグラデーションにするのはどうだろうか?」

「あら、あらあらあら!素敵ですわ殿下!わたくし見直しました!」

「そ、そうか?」


 何故最初からそうしなかったのかと思うほど素晴らしい案だ。

 グラデーションとは考えつかなかったとわくわくするアラクネはメリーから渡された色鉛筆を使いスケッチブックに簡易ドレスを描き言われた色を塗る。


「ポイントとして腰にベルトをするのはどうだろうか?」

「ふむ、ベルトですね。でしたら丸型が可愛らしいかと思います」


 ユーリが悩んだ一週間の苦行があれよあれよとアラクネのスケッチによって解決していく。

 こんなことならば最初から自分でやると言わずにデザインをお願いすれば良かった。


 クリスティアとの初めての夜会なので母親である王妃に相談したところ初めての夜会では陛下が自らデザインしたドレスを贈ってくれたとのことなので同じように自分でデザインしたドレスを贈ったらどうかとのいらない助言を受けたことで気分が盛り上がってしまい気合いが空回りしたことをユーリは反省する。


「さて、ではドレスは完成でございます」

「……良かった」


 色もデザインも選び終え、満足した様子のアラクネは色見本とデザイン画の冊子を片付ける。


 ユーリも無事に終わったことに安堵し、これで今日の仕事は終わりだと思っていれば……アラクネがパチンと指を鳴らす。

 すると姉妹がなにやら別の冊子を鞄から取り出しユーリへと差し出す。


「次は殿下のお衣装の打ち合わせをいたしましょう。勿論クリスティーお嬢様とペアとなるようなお衣装に致しますわ。ご安心下さい殿下のお衣装はわたくしがお選びいたしますので」

「……よろしく頼む」


 そうだった自分のことをすっかり忘れていた。


 クリスティアのドレスを選んだので終わった気になっていたユーリはまだまだ続く衣装選びに落ちそうだった気力をなんとか持ち上げる。


 そして誓う。

 二度とドレスのデザインはしないことと、世の女性達のドレスはもっと褒めるべき代物であるということを。


 新たに出された男性用のデザイン画を見ながら、いつも国のために行う公務がいかに楽なことなのかをユーリは改めて思い知るのだった。

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