ユーリとクリスティア③
「マークの婚約者が嘘を吐いているのはどうやって?」
「パーシーさんはブレイク様を最初に見た19時半ば時刻は曖昧でしたが二度目に見た20時20分は正確な時刻だとおっしゃっておりました。夜会の会場に時計はなかったのですからどうして時計を見たのでしょう?どうして時計を見ようと思ったのでしょう?なにか時刻を気にするようなことがあったので時計を確認しなければならないと強く思ったのでしょうがそれは一体なにか……マーク様が夜会でパーシーさんに時計を見せてきたお話をされたときに少し戸惑いをみせておりました、そしてなにかを言いかけて止めましたわ。パーシーさんのその様子はなにか……心になにか言うに言えない疑問をお持ちになっているという明らかな態度でした。でも確信ではない。そんな態度だったのです。おそらくその時点ではマーク様がなにかしらリネットさんの殺害に絡んでいるのではないかという疑いはあったのだと思います、そのきっかけとなったのはヒューゴ様がマーク様を共犯者として告発したことでしょう。それで20分のアリバイにパーシーさんは疑問を持った」
「気付いたのなら何故彼女は警察に言わなかったんだ?」
「彼女は結婚を望んでおりませんでしたが結婚をしなければ自由にはなれないともおっしゃっておりました。そしてお相手とは利害関係を一致させるとも。ではその利害関係とはなにか?わたくしパーシーさんがギャゼを読んでいたことが気に掛かりましたの。あれは貴族の令嬢が読む新聞ではございませんでしょう?ですので少し調べましたらギャゼの小説欄に少し前からとても素敵な物語りが寄稿されておりました。ギャゼに問い合わせたところそれはパーシーさんが寄稿しているものだと分かりました。それにマーク様がパーシーさん経由でギャゼの編集者とご懇意にされていることも知りましたわ。パーシーさんは小説家を夢見ておりましたが貴族という家のしがらみからそれを諦めておりましたの。彼女はとても優秀な方です。小説を書くことをよしとしないご両親の元に居てこのまま隠れるように小説を寄稿するよりかはマーク様と婚姻をして邸を出るほうが自分にとって有利に物書きが出来るとよく理解をされておりました、なのでマーク様を告発することに躊躇いがあったのです。マーク様は家督を継ぐ条件として婚姻をすることという制約がございましたので、婚姻はお二人にとって利害関係の一致だったのです。なのでその関係は利もしくは害のどちらか片方が大きくなれば簡単に崩れるものでした」
二人の間に恋だの愛だのという、どんなことになろうとも相手を守ろうというそんな真摯たる感情は一切無かったのだ。
だからこそその利害関係が崩れれば……今回のように相手を告発するという結末になったのだろう。
「どうやってそれを崩したんだ?」
「わたくしがパーシーさんのパトロンを買って出たのです。あの小説はわたくし、寄稿されるたびに楽しみに見ておりましたの。とても素晴らしい小説ですわ。ご両親もわたくしの説得の甲斐があり無事に説き伏せることが出来ましたのでパーシーさんは学園を卒業すると同時に見聞のため諸国への旅行をしていただきます、しばらくは元婚約者のせいで周りが騒がしいでしょうからラビュリントスから離れることが彼女のためでしょうし。パーシーさんは小説家だからこそ些細なことに気付けたのです、その才能は称賛されるべきことですわ」
「そうだな結果としては良かったが……まぁ、君が行った説得の方法は聞かないでおこう」
殺人犯人かもしれないと疑いながら一生を共に過ごすかもしれないという害を捨てて、クリスティアという理解あるパトロンを利として得たことはマークにとっては不運だったがパーシーにとっては彼と婚姻する以上の価値だっただろう。
とはいえギャゼに問い合わせたり、パーシーと手紙でやりとりをしたり彼女の両親を説得するのに合計五日もかかってしまったことにクリスティアは少しだけ不満を持っていた。
マークが犯人であることは早い段階で見当がついていたのだからもっと早くに解決出来たはずなのにと。
「ふふっ、彼女はきっと素晴らしい物書きになりますわ。そうそうそれでね、わたくし探偵小説をリクエストしましたの!パーシーさんはきっと素晴らしい作品を書いてくださいますわ!わたくしとても楽しみですのよ!」
一人の芸術家を救うことが出来たことが一番の満足だというようにはしゃぐクリスティアだが、ユーリは話を聞いていないのかまだ難しそうな顔をしている。
「ヒューゴは何故、リネットを殺したと罪の告白をしたのだろうか」
思えばそれは事件を混乱させただけの無用な告白だった。
ポツリと呟いた疑問だったが聞き漏らしはしなかったのだろうが、クリスティアはニッコリ微笑むばかりでなにも答えはしない。
この件に関してはどうやら口を噤むらしい態度にユーリはその謎を解くことを諦める。
なにはともあれ。
「マークはギャゼに足を掬われたのだな」
自分が弄した策に溺れた憐れな殺人犯人は今頃、塀の中で探偵を敬愛するクリスティアという令嬢に罪を被せようとしたことを深く後悔していることだろうと暗闇に浮かぶ街灯の一つになったような気持ちでユーリは窓の外を見つめるのだった。