リネット・ロレンス殺人事件⑧
「ふぅ……それで?それはただのあなたの推理であって妄言でしかない。時計のことだってそのボーイのほうの時計がズレていたのかもしれない、そうじゃないとどうやって証明するんです?ブレイクの証言?たかが商人風情の言葉など誰が信じるんです?証拠なんて一つもないのでしょう?」
事件を暴き立てたクリスティアを睨みつけながらも余裕があるように口角を上げるマーク。
証拠なんて何一つも残さなかったのだとその自信のある態度にクリスティアはルーシーに視線を向ける。
主人の意向を汲み取り頷いたルーシーはホワイトボードの後ろに隠していたサービスワゴンを押し出す。
その上にはクロッシュで隠された皿が乗せられており、ワゴンから皿を持ち上げたルーシーはまるで料理を運ぶようにマークの前へと進むと立ち止まる。
「なんですか?朝食なら先程とても素晴らしいものをいただきましたよ」
「細やかながら、わたくしからのプレゼントでございます」
クリスティアの頷きを持ってしてルーシーがそのクロッシュを開いた瞬間、マークの顔色がサッと青く代わり反射的にそれを奪おうと手を伸ばす。
しかしながらそれより早くルーシーがその手を避け、クロッシュを再び閉じて持ち去るとホワイトボート前に立つクリスティアの隣へと並び立つ。
「どうしてそれを!それは確かに埋め……!」
「埋めたはず、でしょう?庭に忍び込ませていただきましたわ。ご安心なさって警察の方を一人ご同行いたしましたのであなたの邸の庭から出たものだとの証明はできております、それにこちらは証拠品として今朝方受理されましたわ。心当たりございますでしょう?」
マークが口を噤み血走った目でクロッシュを見つめている。
余程大切なモノが入っているらしいその中身にユーリとニールとラックは一体なにがその中に入っているのかと興味津々に見つめている。
「開けて皆様に見せても宜しいでしょうかクリスティー様?」
「えぇ」
その興味を深くする視線達にクリスティアの了承を得てルーシーがクロッシュを再度開くと、最初誰の目にも赤いジャムを乱雑に塗り巡らされた白い食パンが皿の上に乗っているようにしか見えなかった。
サービスワゴンに乗せられクロッシュで閉ざされた皿っということが余計食べ物を連想させたのだろうが、その連想はのちに酷く後悔することとなる。
数秒のちにそれが食パンではない、違うモノだと誰もが認識した瞬間、ゾッと背筋に冷たいものが流れる。
あの赤はジャムの色ではない!
血に塗れた白いシャツが畳まれて置かれているのだ!
そう鮮明に認識すれば鼻を掠める土と鉄臭い匂い。
白の面積が極端に少ないそのシャツには濃いものから薄いものまで様々な血がジャムのように塗られている。
「マーク様が犯行時に着ておられたシャツですわ。夜会からの帰宅途中にでもブレイク様と合流されて受け取られたのでしょう。こういったものは凶器よりも処分に困るものです。ゴミに捨てたり、庭で燃やしたりしたら使用人に目撃され怪しまれてしまいますもの。なのでマーク様は猫の遺体を包んで怪しまれないように使用人に渡し庭に埋めさせたのでしょう?木を森に隠すように、リネットさんの血を猫の血で誤魔化した。しかしながらご覧の通り至る所に赤く染まった指紋がございます、リネットさんのものと合わせればピタリと合うものもございましょう。それと短剣に付いていた布の切れ端もこちらの袖の部分が破れておりますのでピッタリと合うことと存じます」
ルーシーから白い手袋を受け取りそれを嵌めて証拠品であるシャツを広げて見せたクリスティアの言う通り、シャツに刻まれた皺の中に鮮明な赤い指紋が幾つもあり、そして袖には破れがある。
「これがマーク様のシャツであることはマーク様から猫の遺体と共に渡された使用人達が証言してくださいます。それにブレイク様も証言なさってくださるでしょう。お一人で罪をお被りになるつもりはないのでしょう?」
マークに騙されたと知りもう抜け殻のようなブレイクは弱々しく頷き、祖母が守護を願い贈ってくれた指輪の嵌められていた日焼けの跡を後悔の渦を胸に巡らせてじっと見つめている。
「……あなたみたいな人を共犯者にするべきでしたね」
それを見てフッと笑ったマークはクリスティアを見て深い深い溜息を吐くと諦めたように天井を見上げる。
その表情にはもう先程から見せていた醜悪さはなく、諦めと穏やかさに包まれている。
「責任を取って結婚しろなんて言わなければこんなことにはならなかったんだ……」
こんなことに……っと力なく呟いたマークの声を遮るようにガタリと音がする。
そちらを見れば転げた椅子の先でヒューゴが立ち上がってマークを睨んでいる。
「ヒューゴ様、どうぞ後は警察の方が万事執り行うことですわ」
前に立ったニールが内胸のポケットに入るヒューゴの腕を掴み押さえている。
悲しみという怒りが込められ震えるその手はマークが対人警察に連行されるまで抜かれることはなかった。