リネット・ロレンス殺人事件⑤
「そうでしょう?ブレイク様」
皆の視線が一気にブレイク・ゴールデンへと注がれる。
見下ろされるクリスティアの視線を背中で感じながら膝に置かれた両手を硬く握り下を見つめて肩を振るわせるブレイクは呼ばれた己の名前に、瞼を見開き唇をわなわなと震わせる。
「ちが、違います!僕は!僕は知らない!」
なんとか否定の言葉を吐き出しながら動揺から立ち上がり掛けたブレイクの肩を掴んで押さえつけたクリスティア。
その怯えながらも卑劣にも自分の犯した罪から逃れようとするブレイクを冷めた眼差しで見つめるクリスティアはその耳元へと自分の顔を寄せる。
「いいえ、あなたが証拠を隠滅し、わたくしに罪を擦り付けようとなさったのです。殿下とすれ違ったのもあなた」
「ちが、違う!違うんです!ぼ、ぼく、ぼく、僕はっ!」
「あくまで否定をなさるなら結構ですわ。リネットさん殺害の現場にいたことは明白な証拠がございますもの」
「しょう、こ?」
ブレイクの肩に置いた手を撫でるように滑らせて突き放すように離し、クリスティアは再びホワイトボートの前へと立つ。
「リネットさんの顎の下に四カ所、小さな穴がありました」
「……穴?」
「えぇ、あなたの指輪の痕。お婆様から頂いた指輪の花弁の痕ですわ。あなたは無我夢中でリネットさんの口を押さえ顎を押さえ悲鳴を押さえた、後ろから抱き締めるような形だったのでしょう。そのときに指輪の痕が押さえた顎に残ったのです!」
クリスティアがホワイトボードに触れた瞬間、パッと表記されていた文字が消えて検死時に撮影されたリネットの顎の写真が浮かび上がる。
そこには四カ所、小さな穴が空いている。
無意識だったのか、指輪に触れようとしたブレイクの手をニールが掴み止める。
そしてラックがその指から指輪を抜き取る。
「それは!それは!!」
「証拠品として預かります」
指輪に向かって手を伸ばそうとするブレイクをニールが遮り、ラックが奪い取ったその指輪をよく見れば花弁の真ん中、宝石に少しばがり血液のようなものが付着している。
クリスティアはブレイクから指輪を見せてもらったときにそれに気付いたのだろう。
証された犯行の証明にブレイクは奪われた指輪に向かって伸ばしていた腕を、体を、椅子の背もたれへと力なく預ける。
「犯行をヒューゴ様のものとするための証拠は予め手に入れていたのでしょう。ゴールデン家がクインリイ家に出入りしていたことは邸のメイドであるミリーからお聞きしました。あの日、リネットさんを殺した日、偽の証拠を現場へと残し、夜会へと戻ったあなたはそこにヒューゴ様が居たことに酷く驚いたことでしょう。彼はまだ眠っているはずでしたから」
「ぼ、ぼく、僕……!」
「ブレイク様、その花はカランコエというもので花言葉はあなたを守るという意味がございます。きっとお婆様はあなたを守って欲しくてその指輪を差し上げたのでしょうね」
言葉にならない声を上げながらブレイクは頭を掻き毟る。
きっと自分に唯一期待をして愛してくれていた祖母を思い出しているのだろう。
「ご安心なさってブレイク様、わたくしは全て分かっております。分かっておりますわ。あなたは証拠を隠滅しただけ、抵抗するリネットさん押さえただけ、そうでしょう?」
しくしく泣き始めたブレイクを優しい声音でクリスティアは慰める。
従順で、臆病で、純粋だった青年を憐れみを持って見つめる。
「どういうことだクリスティア?」
「わたくしはね殿下、この殺人事件の犯人は色々な物事を考え、良くも悪くも最善の方法への対処が出来る方だと思っております。夜会という人の多い舞台、誰でも容疑者となりうる状況での殺人、でも殺人犯人はどんな状況になろうとも自分には絶対に嫌疑の掛からないよう巧妙にアリバイを用意をしておりました。頭の良い方なのでしょう。ですがそんな方がわたくしというイレギュラーな存在に対して行ったのは随分と稚拙で場当たり的な対処でした。わたくしは思いました。準備した犯罪に対して突発的なことが起こるとこうも対処が変わるものかしら?動転していたから仕方のない?いいえそんなことはございません。ロレンス卿の事件を知っている人物でしたらきっとわたくしを殺してリネットさんと揉めた末、相打ちの犯行とするか……せめてドレスに血液の一つでも付けていたことでしょう。そこのところはわたくしとても幸運だったといえます。ブレイク様はロレンス卿の事件を翌日に知ったとおっしゃっておりましたわ、それが殺人の犯行動機になり得るということを知らなかったのです。それにブレイク様はリネットさんを後ろから押さえていたのです。その状態で腹部に何度も刃を突き立てられるのでしょうか?いいえ、難しいことでしょう。それに背中には傷の一つもなかったのです。ブレイク様がリネットさんを押さえそして誰かが正面からその刃を突き立てた。犯人は一人ではなく二人居たということです。では、もう一人は一体誰か?」
再びホワイトボードから離れたクリスティアは歩み寄った人物の前で立ち止まる。
前屈みになり白くなるほど己の両手を握り締めている青年、その姿に影が差すようにクリスティアは前屈みになり見下ろす。