パーシー・スロットル②
「いくら自由な恋愛を法律が謳っても抜け道なんて幾らでもあります。今年私も学園を卒業となりますので貴族の娘である以上は例え相手が不愉快な人だとしても利のある婚姻は避けられません、ですから私は私なりに夫となる人との利害関係を一致させればいいだけですわ」
「……そうですわね」
貴族の娘として生まれたからには結婚にも制約ができることは重々承知している。
法律なんているものは不完全であるからこそ守ることが出来るのだと語るパーシーに概ね同意を示したクリスティアの溜息交じりの返事にユーリは少しばかり気まずい思いをする。
クリスティアとユーリの婚約は恋愛云々を語る前に決められた政略的なものだ。
ラビュリントスでは自由恋愛を謳っているものの王族の子には例外的に幼い頃から婚約者を制定し、不要な争いを避けるべしという決まりがある。
ユーリとクリスティアの婚約は二人が幼い頃に両家の合意の元で取り決められたことであり、そこには国を背負うという重大な責務から王族の意思が大いに反映され、クリスティアの意思はないようなものだった。
とはいえ婚約破棄はどちらかが望めば無条件で出来るというのが契約にも織り込まれているので婚約といってもそこまで強制力があるわけではなく、今のところクリスティアから婚約破棄の話が一度も出ていないことを考えるに不満はないのだろうとユーリは不安ながらも信じている。
「素晴らしい利害関係というものは互いの内意を曝け出すことから始まるものですものね」
ニッコリと微笑んだクリスティアの言葉に含まれる意図をなにかしら感じ取ったのか興味をそそるような、しかし警戒を忘れていない瞳を向けたパーシー。
その、希望の色を濃く強くして輝かせた瞳を見ることができたことにクリスティアは満足して立ち上がる。
「では、お邪魔をいたしまいたわパーシーさん。近いうちにお庭を拝見させていただいたお礼のお手紙をお送りさせていただきます」
「……お待ちしておりますわ」
パーシーに別れを告げてさっさと馬車へと戻るクリスティアに、事件のことを聞き出そうと来たわりにはとてもあっさりと帰るのだなとユーリは不思議がる。
「なにか収穫があったのか?」
「それはどうでしょうか。この先に得られるかもしれませんわ」
分からないとはいいながらも満足そうなクリスティアの表情に、恐らくユーリには分からないなにかしらの情報は得ることが出来るのだろうなと納得する。
「クリスティア、私との婚約に……その、不満は?」
パーシーから情報を得られるかもしれないということもクリスティアの無罪を確定する大切な事柄なのかもしれないがユーリにとってはもっと重要な、大切な事柄を窓の外に視線を向けながら気になっているという素振りをみせずに何の気なしに聞いた風を装って聞いてみる。
もしかしたらクリスティアが自分との婚約を不満に思っているのかもしれないという不安で内心ドキドキと体を緊張させていれば、瞼をパチクリと瞬かせたクリスティアはユーリが先程の会話を気にしているだと気が付いて申し訳なさそうに眉を下げる。
「殿下、女というのは相手の会話に同調するものです。そうすることによりお互いの心の内を見せてくれるというものですから……わたくしの心ない同意にそのように気を揉まないでくださいませ。わたくし殿下の婚約者であることに心底の不満を持ったことはただの一度もございませんわ」
「そ、そうなのか?」
「えぇ、だって殿下の婚約者であるからこそわたくしそれを笠に着て事件に介入でき、自由に振る舞うことができるんですもの。わたくしのライフワークにとってこんなに幸せなことはございません」
それはそれは満足そうに輝かんばかりの微笑みを浮かべありがとうございますとお礼を口にするクリスティアに、それは良いのか悪いのか嬉しいのか嬉しくないのか微妙な気持ちになったユーリは遠くない未来、隣に立つ王妃が死体を前にして犯人を追い詰める姿を想像して眉を顰めるのだった。