パーシー・スロットル①
「突然、お邪魔をしてしまって申し訳ございませんスロットル様」
「いいえ、王太子殿下とその婚約者であらせられるご令嬢にお越し頂いて家族一同喜ばしいく思っておりますわ」
邸を背にして庭を望むようなテラスの一角。
机に積まれていた数冊の書籍をメイドに渡しながらパーシー・スロットルは戸惑い気味に微笑む。
黄色のスタンドカラーのドレスは胸元から腰まで垂らしたレース飾りに、細身のスカート。
真っ直ぐ腰まで伸びた茶色の髪の毛は毛先でカールし、白い肌とツンと伸びた鼻筋、長い睫毛が覆う薄紫の瞳は思慮深げにクリスティアを見つめている。
「どうぞわたくしのことはクリスティーとお呼び下さい。前を通りかかったらとても素敵なお庭だったものですからわたくしどうしてもこちらにお邪魔したくなってしまって……殿下に我が儘をいって馬車を止めてもらったのです」
「でしたら私のこともパーシーとお呼び下さい。こちらの庭は我が家自慢の庭なんですよ」
嘘を吐けっと心の中で毒突くユーリはランポール邸を出るまでは高揚したはずの気分が今は地面より下に落下し、連れて来られたスロットル家を前にしてクリスティアの意図を知った瞬間からふて腐れている。
城下のちょっとしたレストランで昼食でもっと思っていたのに、いつもなら勘弁願いたいが最近流行りだという洋服屋にでも立ち寄ってドレス選びに付き合うこともやぶさかではないと高揚した気分が台無しである。
「ありがとうございますパーシーさん。わたくしここ数日は心安らぐときがございませんでしたから……」
「……リネット・ロレンスの事件ですわね。号外のギャゼを見ましたわ」
パーシーに案内された一人がけの椅子にそれぞれ座りさり気なくリネットの事件に話を持っていったクリスティアは、パーシーがギャゼを見ていると言うのでそのことに驚いた……意外そうな顔をする。
「私もあの夜会には参加しておりましたのでロレンス卿の件は目撃しておりましたし、うちにも今朝方早くに刑事さんがお見えになりましたわ。それにマーク……私の婚約者がどうやら事件になにかしらの関わりがあるらしくてお話をいたしましたの。おかげで今日は学園に行けませんでしたわ」
「まぁ、そうでしたのね。その件でわたくしも対人警察の方に疑われておりますわ……パーシーさんもご婚約者様がご心配ですわね」
「私、全然心配なんてしておりません。マークとは家の繋がりでの婚約ですもの、私の婚約者が色々な浮き名を流していることくらい存じておりますわ……私は本当はまだ結婚なんてしたくないんです、でも結婚しないと自由になれないから仕方なく……」
そんなことを誰に言っても仕方がないと頭を左右に振ったパーシーは諦めたように深い溜息を吐く、でもその瞳には僅かにある希望を抱えているかのように庭を見つめている。
その瞳の変容さにクリスティアは違和感を感じて頭を不思議そうに傾ける。
結婚は絶望であり希望だとその瞳は相反する輝きを宿しているのだ。
「でしたらさぞ不愉快でしたでしょう……警察にお話を聞かれるというのは」
「とても……夜会に来てからなにをしていたのか誰を見たかを根掘り葉掘り」
「わたくしも聞かれましたわ。20時から21時までのことを特に」
「まぁ、私もですわ。夜会の会場には主催者の趣向で時を知らせる物はなにもなかったものですから時間なんてもの普通覚えていないものでしょう?でもあのときはマークが腕時計を見せてきましたので覚えておりましたの。ドレスコードで時を刻む物は持ってくるなと言われていたのに。しかもそれは……いえ、なんでもありませんわ。それとマークがボーイと話していたことも聞かれましたわ」
何故そんなことを聞いてきたのか分からなかったというように少し戸惑い、言い淀んだパーシーだったが迷惑な婚約者のせいで侮辱を被ったっと誤魔化すように薄く笑い風が撫でて乱れた髪を手で梳く。