警察署での出来事③
「大体クインリイが自供したこともおかしな話なんですよね。実は捜査会議でクインリイは20時頃、確かにホールに居たという証言があったようなんです」
「まぁ、そうなんですの?」
「証言したのはボーイなんですけど、飲み物をクインリイに持っていくように頼まれたから覚えていたそうなんです」
「飲み物を?」
「そうです。別のボーイにグラスを持っていくよう頼まれて持っていったらしいんですけど途中で別の客にそのグラスを取られたらしくて、渋々バーカウンターに別のものを取りに戻り持っていったらそんなものは頼んでないって怪訝な顔をされたらしくて……でも確かに頼まれたから友人からの差し入れだとかなんとかいって無理矢理受け取らせて飲んでもらったらしいです。それが大体20時になっていないくらいの話で……そんなことがあったもんだからボーイはクインリイの顔を覚えてたみたいなんです。それから事件が発覚するまでホールで何度かその姿を見ているようなんですよね」
ということはつまりヒューゴは20時から21時までホールから出ていないということになる。
「とはいえボーイもずっとクインリイを見ていたわけじゃないんで隙を見て犯行を行うことは出来たかもしれないんですけど、それでもなにか腑に落ちないというか……」
最後のフレンチトーストの切れ端を食べ終わりフォークとナイフを置いてたラック。
下げられる食器達を眺めながらお腹も心も満たされた満足の朝食に一息吐くように珈琲を飲む。
「僕としては一番怪しいのがブレイク・ゴールデンなんですけどね。話を聞いたときにあんなに動転していたんだから子供の父親は絶対にあいつですよ。しかもあいつ嘘をついてたんです!客として夜会に居たなんて真っ赤な嘘でクレイソン夫人に頼まれてボーイをしてたそうなんですよ!」
「ボーイを?」
「そうなんです!今朝早くガイルズの婚約者であるパーシー・スロットルに彼のアリバイを聞きに行ったときについでにと思って他の容疑者の写真を見せたら覚えてました。ガイルズにグラスを持ってきたボーイで、なにか親しく話をしていたそうなので印象に残っていたそうです。それでクレイソン夫人に確認を取ったら僕らにはボーイであることを言っていたと思っていたから敢えて言わなかったとそう言うんです」
「つまりマーク・ガイルズとブレイク・ゴールデンは知り合いということか?」
「そこのところは曖昧なままですね。ゴールデンは知らないと言っていましたけどガイルズは話したかもと言ってましたし……知り合いの定義は人それぞれなところもありますから、こういう場合は特に」
片方が唯一無二の親友だと思っていても片方が同じように思っているとは言えない、殺人事件のような特異なケースに巻き込まれた場合は特に、人との絆は深まる場合もあるが大体の場合がその絆は瓦解するものだ。
プリプリ怒りながら話すラックは誰も彼も嘘ばかりだっと憤慨した様子だが……皆たとえ自分が事件に関係していない、無実であることを分かっていたとしても殺人犯人だと少しでも疑われるかもしれない事実は隠そうとするのが心情というものなので仕方がない。
「しかも昨日、クインリイを連行した後くらいに変な子が現れて自分はリネット・ロレンス殺害の犯人を知っている、クリスティー様が裏で意図を引いているんだって馬鹿なことを言う奴が現れたんですよ!ギャゼでも見てここぞとばかりにクリスティー様を陥れようとしたんでしょうけどすぐに追い返しましたよ!とんだ無礼者です!その子、学園の制服を着ていたんで気を付けて下さいね!」
「まぁ、大変でしたのね」
「今の僕の癒やしはクリスティー様から頂いたこの香水だけです、匂いを嗅ぐことで僕の疲れは吹き飛びます」
不届き千万な奴だと憤慨しながらもしなにかあれば自分が守ってみせると大切そうにクリスティアから貰った小瓶を取り出して胸に抱えるラック、人の嫌な部分ばかり見ることになる警察という職業の疲れを癒やしてくれるまさに魔法の道具だと称えられるそれに、隣のユーリが不愉快そうに鼻で笑う。
「ハッ、残念だがな。それと全く同じ物を君達の所の署長も持っているからな!クリスティアが誰彼構わず籠絡させるために持っている香水だ!配りつくして珍しい物ではない!」
「しょ、署長も……!くっ!でも珍しくなくても結構です!この小瓶にはクリスティー様の優しさが込められているんですから受け取った僕がどう思うかの気持ちの問題です!大体、そんなに悔しそうにするってことは王太子殿下はまさか……貰ってないんですか?」
誰でも彼でも持っていると言うならば見せてみろとこんなところで発揮しなくてもいい刑事の鋭い感を持ってして挑発するラックにユーリは言葉を詰まらせる。
そう、ユーリは誰でも彼でも貰えるはずのその小瓶をクリスティアから貰ったことはない。
貰ったことはないもののユーリはあの小瓶が別に欲しいわけではないと細やかな矜持を持って心の中で言い聞かせている。
婚約者という立場上他の男に渡す物を自分が持っていないというのはどうなんだろうかという倫理観からくる苛立ちがあるだけだと。
香水一つでラックがこんなにクリスティアに懐くなんて思わなかった、こんなことになるのなら渡すのを許さなければ良かったと後悔しながら睨み合う二人の不毛な争いを呆れ止めよとしたクリスティアが口を開こうとしたところで食堂の扉を勢いよく開かれる。