馬車の告解⑤
「わたくしに負けず劣らずロレンス卿も素敵なお召し物ですわよ」
褒められたことへのお返しだと言わんばかりに慣れないことに恥じらいつつも伝えられた少女のお世辞にビクリと体が震える。
手にじっとりと汗を掻く。
呼吸が浅くなり息苦しさを感じ言いようのない不安に駆られる。
そいえば私は一体今どんな服を着ているのだろうか。
どんな格好で邸から出て来たのだろうか。
覚えていない。
覚えていないことが不安で堪らないというのにそれならば視線を落として今着ている洋装を見れば良いのに……。
骨の髄を震え上がらせる真実の恐ろしさに俯くことが出来ず、拳を握りしめて宝石から視線をゆっくりと少女の顔へと向けて引きつり笑う。
「そ、そうですかな?」
「えぇ、とても……現陛下が戴冠式のときに羽織られていらした赤いマントのようで立派ですわ」
馬鹿な私は赤い服を着ているのか!
驚きですぐさま自分の服装を見れば確かに見下ろした白のクラバットの先、光沢の無い赤色の染みこんだ無地のシャツが黒いブリーチズの中に入り込んでいる。
肩にはゆったりとした小麦色のコートが引っ掛かっているように身を覆い、向けた掌の袖も赤く染まっている。
その色にホッと安堵の息を吐く。
なにが馬鹿な、なのか。
そうだ妻が染めたこの赤い服を着て外に出て来たではないか。
他になにを着ているというのか。
自分が他の服を着ていないことに酷く安心をして、なにを不必要に焦っているのかと鼻で笑う。
きっと私のような男爵風情が現陛下と並べられたことが恐れ多いのだ、だから焦ったのだ。
「私のような者と陛下を同等にしては失礼ですよ」
「あらそうですかしら?でもそうですわね、誰かに聞かれて不敬罪で訴えられてしまってはわたくしの折角のドレスのお披露目が台無しになってしまいますわね。どうぞここだけの秘密ということにしておいてくださいませね」
近付いてきた少女が人差し指を唇に当てて内緒にしてくださいと、しーーっと吐息を漏らす。
黒い手袋に覆われた細く長い指が唇を撫でるように馬車の震動で揺れる。
鼻腔を掠める花の香りと無邪気に無防備に近寄る距離に胸が高鳴る。
久しく味わわなかった胸の高鳴りを感じてその愚かさに己を嘲る。
この高鳴りがなんになる。
なにもかも全てもう遅いのだ。
若さも。
情熱も。
気力さえ、今はもうない!
全てが遅い!
それにそれに!
(私は今赤い服を着ているのだから!)