第三の悪魔①
その騒ぎはアデスが見たというアレスの道筋を辿るように、白の離宮へと向かってクリスティアとユーリが歩いているときに起きた。
白の離宮はクリスティア達が宿泊している青の離宮からは、西側に位置しており。
旧王城とその間には、詠美とアリアドネが話しを聞きに行った大司教達が執務を行うための社務所のような建物がある。
赤の離宮からは南東側へと戻るような形になるので、旧王城から伸びる中央の大きな通りに戻るよりかは小道が続く庭園を通るほうが近道であった。
眼前に白の離宮の入り口が見えたタイミングで、クリスティア達は偶然にもレアと鉢合わせる。
旧王城の方向から歩いてきたので、どうやら外に出掛けていたようだ。
「ネモイ国王陛下、ご拝謁申し上げます」
挨拶をすればレアは明らかに警戒した様子でクリスティア達を見る。
唇を開き、なにかを口にしようとするが。
その口から音が出る前に、慌ただしい足音と共にたった今、レアが来た方向からアリアドネが飛び出してくる。
「クリスティー!なんでここに!?っていうかそんなことはどうでもいいわ!大変なの!」
血相を変えたアリアドネが忙しなく辺りを見回す。
その後ろから、数秒遅れて詠美も現れる。
「大変ですクリスティーさん。アルテ大司教が殺されました!」
「「なに!?」」
詠美の言葉に、驚いた声を上げたのはユーリとレアであった。
うんうんっと頷くアリアドネは、自分達が走ってきた建物へ向かって指を差す。
「逃げる犯人を見たから追いかけてきたんだけど!誰か怪しい人は来てない!?」
「いいえ、こちらには誰も来ていないわ」
「に、逃げられたぁ……!」
「だね」
息を切らしながら肩を落としたアリアドネと、詠美は悔しそうに天を仰ぐ。
「アルテ大司教の件は誰か警備の者に伝えたのか?」
「えっと、誰か分からないんですけど私達が騒いでいたのを聞いて、部屋から出て来た人がいて。その人に伝えたから大丈夫だと思います」
「あれはゼスさんだったと思います」
「残った大司教か。ジョーズ卿、一応辺りに怪しい者が居ないか確認をして兵を現場に向かわせてくれ」
「逃げたという犯人に関しては、こちらの兵にも探させよう」
「畏まりました、感謝いたしますネモイ国王陛下」
ゼス一人で現場を収めるには荷が重いだろう。
レアが白の離宮を警備していた自国の兵士へと声を掛け、ジョーズは頭を垂れてまずは現場へと急ぎ向かう。
「目撃者としては僕達もそうですが、マザー・ジベルが襲われたようで腕を怪我していました」
「まぁ、それは大変だわ」
ジョーズの後を追うように、クリスティア達も現場へと足を向ける。
白の離宮から然程遠くない距離、平屋の白い建物の前では丁度、ゼスの手を借りたジベルが外へと出てきていた。
腕には白い布が巻かれており、そこから赤い血が滲み出ている。
騒ぎを聞きつけたのか、集まった修道者達が心配げにジベルへと駆け寄っていた。
「ゼス大司教、一体なにがあったのですか?」
「あ、あぁ……レア国王陛下」
集まっていた修道女の一人にジベルを任せて、ゼスは声を掛けてきたレアへと視線を向ける。
真っ青な顔で不安そうに、祈るように握り締められた両手を震わせている。
その手と袖口は、ジベルのであろう血で赤く染まっていた。
「もう私にも訳が分からなくて。マザー・ジベルは怪我をしているし、アルテ大司教があのようなことに……あ、あの犯人は?」
「それが、逃げられました」
追いかけていったはずのアリアドネ達が戻ってきたので、そうだろうとは思っていたが……ゼスは詠美の答えに肩を落とす。
「一体なにが起きたのか、詳しいお話しをお伺いしても?それに、お衣装を着替えられたほうがよろしいかと思います」
「え、えぇ、そうですね。では、あの、私の執務室でお話しをいたしませんか?」
「えぇ」
血に染まる袖口を見て、泣きそうに顔を歪めたゼス。
そうして入ることとなった大司教達の執務室のある建物は、ロの字の廊下で囲われた中央に四つに仕切られた執務室のある簡単な建物であった。
正面入り口の左手側がゼスの執務室で、まず一人で執務室へと入っていたゼスは、すぐに新しいアルバに着替えると、皆を中へと向かい入れる。
案内されて入った室内は聖職者とあってシンプルな内装だ。
執務机と来客用のソファー、執務室の後ろの壁には小さなクローゼット。
入り口の対面と右手側に扉があり、他の大司教の執務室へと繋がっている。
右手側はイーデスの執務室に、対面側はアルテの死した執務室へと繋がる入り口である。




