ブレイク・ゴールデン①
「あ、あの、どういったご用件なんでしょうか?」
大きな商家の一室。
商談用の部屋なのだろう。
窓を背に大きなデスクがありそこに縮こまるように座っていたブレイク・ゴールデンはニール達が使用人に案内されて中へと入ってくると慌てて立ち上がり、中央に設置されたコの字型のソファーへと案内する。
ソファーの前にある二人がけのソファーに座りこんな大人数でっと尻窄み気味の声を上げるブレイク。
丸めた背にオドオドと忙しなく動く浅葱色の瞳。
写真より少し丸みの帯びた様相で神経質に貧乏揺すりをしている。
「リネット・ロレンス事件で君に話を聞きに来たんだ」
「わたくしと殿下はおまけだとお思い下さい」
警察が来た理由は概ね察していたのだろうリネットの名前を出したニールにブレイクは瞳を揺らし怯えさせる。
クリスティアとユーリが共に来た理由は理解出来ないだろうから親切心でなんの説明にもなっていない説明をしたクリスティアに、思わずといったように視線を向けたブレイクは一際ビクリと肩を跳ねさせる。
その縮こまった怯えようはまるで殺人鬼にでも出くわしたかのようだ。
「ぼ、僕はなにも知りません!あ、あんな、あんなことがあったなんて知らなかったんです!」
勢い込み必死の形相でリネットの事件と自分との関わりを否定するブレイク。
頭を抱えて今にも発狂してしまいそうなほど興奮するブレイクに、落ち着かせるようとニールは両手を胸の上へ上げ下げる。
「ゴールデンさん、リネット・ロレンスと親しくしていた皆さんには等しくお話を聞いているんです。あなただけではないのですから落ち着いて下さい。親しかったですよね?リネット・ロレンスと」
確信と確定を持ってニールがリネットとの関係を知っているということを言葉と態度で匂わせれば明らかに怯えるブレイクは頭を左右に振る。
「ちが、違います!確かにリネットと付き合ってたけどでもそれは僕だけじゃなかったし!リネットは色んな人と付き合ってたから僕はその中の一人ってだけです!」
それ以外はなにもないと悲鳴のような叫び声をブレイクは上げる。
「リネットは酷い女です!社交がある前にばっかり僕に会ってあれが欲しいこれが欲しいって!そうやって僕が贈ったドレスや宝石で着飾って他の男を誑し込むんです!なのに、それなのに!」
「でも会っていたんですよね?」
「だって僕みたいな男は他の貴族の令嬢には相手になんてされないから!父さんだって爵位を欲しがってたし!だから!リネットが誰か紹介してくれたら!こんなことには!」
ゴールデン家が爵位を欲しがっていたのは公然の事実だ。
ブレイクの声は、商家の三男であり優秀な跡継ぎもいるこの家では将来に対して家族からの期待は誰からもされていない孤独を含んだ悔しさを滲ませている。
「だからリネット・ロレンス経由で誰か貴族の令嬢を紹介してもらおうと思っていた?紹介されたら別れるつもりだったんですか?」
どちらが酷いんだかと呆れたようなラックの声に図星を刺されてハッとしたブレイクは口ごもる。
ラックの言っていることはまさしく事実なのだろう、ブレイクは兄達を出し抜いて自分が貴族の令嬢と結婚し爵位を得て家族に認めさせようとしていたのだ。
そしてそれはブレイクの口振りからリネット以外の貴族の令嬢と、という前提での話だ。
となるとリネットのお腹の子の父親がブレイクだった場合それはブレイクにとって耐えがたき誤算となっただろう、それこそ腹をめった刺しにしたいくらいの……。
「それで、妊娠したのを知って多情な彼女との結婚は御免だから邪魔になって殺したんですか?」
「ちが!違います!だって子供のことは本当に僕の子かなんて証拠はないじゃないですか!なのに責任を取らないといけないなんてそんな馬鹿なことないでしょう!?」
「では、あなたはリネット・ロレンスが妊娠していたことを知っていたんですね?そして責任を取れと言われていたんですか?」
ラックの追求に怯える子羊のように言い訳を連ねていたブレイクは口を滑らしたことに気付き、しまったという顔をする。
自分がなにを口走ってしまったのかニールの問いかけによって理解したブレイクは震える手で額に流れる汗をハンカチで拭う。
「知ってましたけど!だって普通だったら責任を取れって言うものでしょう!?でも僕は責任なんてとれない!殺してない!僕は殺してないんです!僕を陥れようたってそうはいかない!僕を逮捕するなら僕が殺したという証拠を持ってきてください!」
青白くなるほど両の手を握りしめて否定するブレイクのその必死の形相で叫ぶ言葉を聞きながらクリスティアは、まるでリネットの妊娠を本人からではなく誰か他の人に教えてもらったような口振りだと頭の端で思い、そしてハンカチを持つ右手の人差し指に嵌められた指輪に興味を持つ。