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第二の悪魔①

「またなにか、余計なことをしているんじゃないだろうなクリスティア?」


 朝から見かけない姿をようやく見ることが出来たせいか、ユーリが険のある声を上げる。

 紺色のジュストコートを身に纏ったユーリの隣には淡いオレンジ色のイノセントドレスを身に纏ったクリスティア。

 色合いが揃わずに、補色関係となってしまったのは仕方がない。


 ユーリが夜のパーティーについて衣装の打ち合わせをしようと、クリスティアの部屋へと訪れれば本人が居ない。

 数点のドレスや装飾品を並べてパーティーの準備をするメイド達に、何処へ行ったのかと問えば散歩をしに行かれて戻られていないとの回答。


 ならばとユーリは庭園を探してみるが居ない。

 大聖堂を探してみても居ない。

 事件現場にも行ってみたが居ない、居ない、居ない!

 一体何処に行ったのかと一日中探し回ってその姿を見つけ出せたのは夕方。(この時点で衣装を合わせる時間はなかった)

 部屋で夜のパーティーの準備を既に終わらせた後のことであった。


「まぁ、余計なことだなんて心外ですわ殿下。わたくしはただ、迷える子羊を救うために奔走しているだけです」


 なんだそれは、信仰心なんて小指の爪ほどもないくせに聖職者気取りか。

 エスコートされている腕に軽く触れながら悪びれないクリスティアの態度に。

 どうせ事件を嗅ぎ回っているに違いないとユーリは疑いの眼差しを向けるが、当の本人はその視線を無視して広い会場を見回す。


 昨日とは違い立食形式の会場。

 旧王城の大ホールの所々には、聖女に関係のある聖書の一説を模した像や花瓶が飾り立てられている。

 中央の大階段は魔法道具で一際明るく照らされており、人目を引く。

 その階段から神々しく聖女を降臨させるパフォーマンスが手に取るように分かる。

 お披露目の儀は相当に力が入っているようだ。


「皆様。ご多忙の中、この祝いの席へと参列してくださいましたことを神はお喜びくださることでしょう」


 各々好きな場所に立つ集められた来賓者達に向かって、イオンの自信に溢れた声が高々に響き渡る。

 クリスティアが思った通り、中央の大階段から現れたイオンの後ろに詠美が付き従い。

 階段下には左右に大司教達が勢揃いしている。

 本来アレスが立っていたであろう、正面から見て一番左端に、ジベルが代わりに立っていた。


「本日は特別なお方をご紹介したく、このような場を設けることとなりました。さぁ、こちらへ」


 この世界の常識を知らない子を染めるのは容易いとクリスティアが示したように、仮初めに染めた詠美の従順な態度を見て、イオンの評価は上々であった。

 階段を下り後ろを振り返るように、差し出されたイオンの手を取った詠美がその隣へと立つ。

 女神の降臨であるかのように、真っ白なエンパイアドレスに長いレースのベールを身に纏った姿。


 詠美という少女の実像を捨て去らせ、イオンの望む聖女という虚像を描いているその格好に、グラスの飲み物を飲むフリをしたクリスティアは嘲るように口角を上げる。

 彼女には全く似合っていないドレス。

 クリスティアが懇意にしているデザイナーが見たら、発狂することだろう。


「この度、我が神が異世界より遣わしてくださった聖女様です。聖女様、ご挨拶を」

「冥加詠美です」


 背筋を真っ直ぐに、頭を垂れることなく皆を見回す詠美。

 その姿にざわめきが起きる。

 伝説の聖女?

 まさか本当に?

 俄には信じられない空気が漂う中、あまり驚いた様子のないクリスティアに、ユーリが身を寄せて小さく問う。


「知っていたのか?」

「えぇ。昨夜、わたくしのメイドが偶然にお会いし。わたくしも彼女と少しお話しをいたしましたから」

「本物なのか?」

「疑う余地はなかったかと」


 隠す必要はないので、素直に答えて頷いたクリスティア。

 その頷きを見て、まだ若干の疑いは持っているもののユーリは改めて詠美を見つめる。

 彼女が本物なのであれば、神聖国からの招待状にどういった意味が込められているのかがよく分かった。

 早急に、国王陛下宛に連絡を取らなければならないなとユーリは算段する。


「聖女様は先日、突如として我が国に降臨なされました。大聖堂のステンドグラスが輝かしく光り、その光りの中から現れたのです。それはまさに奇跡というしかない出来事で、その場にいた者達も驚愕し、神の奇跡を大いに喜びました」


 柔和な微笑みを浮かべて、この奇跡の証人はイオンだけではないと告げる。

 詠美が聖女だと信じ切っているその様を見て。

 アメットは驚き、雨竜はまだ疑わしげに、アデスは興味がなさげに、各々好き勝手な表情を浮かべて様子を窺っている。

 そしてやはり真っ先に、疑問を呈したのはレアであった。


「教皇聖下、申し訳ないのですが俄には信じられません。これまでにも聖女様の名を騙る偽物が多く存在してきましたから。本当に、彼女は本物なのですか?」


 ただの少女にしか見えない。

 しかも見た目が信仰心が強いとはいえない黄龍国の者達と似ているということも、納得がいかない。

 軽蔑を含んだ眼差しで蔑むように、レアは詠美を見つめる。


「発言、よろしいでしょうか教皇聖下?彼女が聖女様であることは、わたくしが少しばかりは証明できるかと思います。わたくし、彼女の力を間近で拝見いたしましたから」


 手に持っていたグラスをユーリに預け、一歩足を踏み出したクリスティアがホールに響くように声を上げる。

 その声に、レアの眉間に深い皺が刻まれる。


「ほう、一体どういった力なのでしょうかね?」

「傷を癒やす尊いお力です。わたくしはある事情から昨夜、皆様より先に聖女様とお会いする機会があったのですが。そのときにわたくしの手に負った傷を不憫に思った聖女様が癒やしてくださったのです」


 デザートナイフで切りつけた指を見せるように手を上げたクリスティアだったが。

 傷跡一つもないその手を見て、なにを戯言をとレアは鼻でせせら笑う。

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