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鐘塔①

 鐘塔の屋上では風が吹き荒んでいる。

 クリスティアの髪の毛を揺らし、服を靡かせ、塔からその身を突き落とそうと背を押すように、荒れている。


 アリアドネと詠美は先程、クリスティアが教えた礼儀作法をルーシーの厳しい監視下で反復中である。

 その間に、クリスティアはアレスが飛び降りた事件の現場を見に来たのだ。


「ミサ、漏れなく記録しておいてね」

「はい!クリスティー様!」


 事件現場は人が二、三人立てるほどのスペースしかない。

 小さなミサは恐れなく、あっちをウロウロこっちをウロウロ。

 その後を付いて回りながらクリスティアも現場を見回す。


 中央上部に鐘とそれに繋がるように一本の縄が、階下の小さな広間までぶら下がっている。

 本来であれば屋上まで行かずとも、鐘を鳴らせるようになっているようだ。

 出入り口は1カ所、アレスが落ちた場所とは反対側に螺旋状の階段が詠美の部屋の前に繋がっている。

 アレスが落ちた方向には背を向けた大聖堂の美しい景色が広がっている。


 自らの覚悟をもってその命を絶ったのならば、この景色は最後に見る風景として素晴らしいものであったはずだ。

 下を見れば中庭に、彼にとどめを刺した像が立っている。

 その周りに数人の人が立っているので、神聖国側が配置した警備兵だろう。


「もうクリステイー様!私に付いて回ったら危ないですよ!落ちちゃったらどうするんですか!」


 ミサは魔法道具なので、例え落ちたとしても怪我もなく死にもしないが、クリスティアはそうはいかない。

 恐れなく付いて回り、危機感なく塔の際に立つクリスティアに、ミサが慌てたような声を上げて注意する。


 それほど際に近寄っていたつもりはなかったのだが、現場検証につい夢中になりすぎていたようだ。

 背中を押されれば一気に真っ逆さま、なので一歩足を下げる。


「先に下りておいてください!あとは私がやりますから!」

「えぇ、分かったわ」


 ミサの小さな手がクリスティアを追いだそうと足首を押す。

 仕方なく塔の最上階から下りるために階段へと向かえば、柱の陰にキラキラと光るなにかを見付けて立ち止まる。

 見れば丸いコインのような物が床に転がっている。


「ミサ、これも撮影しておいてくれる?」

「はい!」


 ミサの撮影が終わるのを見届けて持ち上げたそれは、教会のシンボルマークの描かれたチェーンの切れたペンダント。

 クリスティアはそれに見覚えがあった。

 それは神官候補に与えられるペンダントだ。

 傷があり、薄汚れた古いそれの裏表を見てみるが、持ち主の名が刻まれているわけではない。


「誰かの忘れ物でしょうか?」

「……どうかしら」


 塔の役割を考えれば、詠美が閉じ込められる以前に人の出入りがあったとは考えられないが。

 後の現場確認はミサに任せて、ペンダントを持ったままクリスティアは階段を下りる。


「クリスティー、なにか見付かった?」


 階段の下で、詠美と一緒に居たはずのアリアドネがこちらを見上げるようにして立っている。

 自分も上ろうと思っていたのだろう。

 一歩、階段を踏みしめていたが下りてきたクリスティアの姿を見て、その足を下げる。


「ペンダントを一つ、見付けました。それよりもどうかしら?詠美さんの礼儀作法は上手くいっていて?」

「ぜーーんぜん、問題なし!すっかり貴族のご令嬢だよ」


 詠美は物覚えが良く、センスもあるのか難なく挨拶の作法を身に付けていた。

 問題はアリアドネのほうだ。


 カーテシーってなに?

 右足を下げるの左足を下げるの?

 膝の深さはどれくらいなの?


 ルーシーに、違う、違う、違う!と指摘され続けて心が折れた結果、アリアドネはクリスティアの様子を見てくると言って厳しい授業から逃げ出してきたのだが。

 思いの外、早くにクリスティアが部屋へと戻ることになったので、アリアドネの逃走劇は呆気なく終わりを告げた。

 屋上から部屋へと戻ってきた二人に、気が付いた詠美が振り返る。


「現場はどうでしたか?」

「危険だからとミサに追い返されてしまいました。柱の陰にこちらのペンダントが落ちていたのですが、見覚えはございますか?」


 差し出されたペンダントを見て詠美は左右に頭を振る。


「いえ……見覚えはないです」

「この塔に出入りをしていたのは、どなたでしょう?」

「あぁ、それなら絵を描いてるので」


 詠美が床に転がっていたスケッチブックを手に取り、捲ってクリスティアに見せる。

 1ページ目に横顔のイーデス、2ページ目に斜め上を向いたアルテ、そして3ページ目に亡くなったアレスが切れ長の瞳でこちらを睨みつけている。

 それにもう一人、見覚えのない男性が俯き加減で描かれている。


 恐らく鍵を持っているもう一人の大司教だろう、ショートヘアの前髪を瞼近くまで伸ばし、自信なさげに眉尻を下げている。

 更にページを捲れば、マザー・ジベルの優しい微笑みを浮かべた顔が描かれている。

 次のページは風景のラフ画に戻っていた。

 塔には限られた者達の出入しかなかったようだ。

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