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異世界転移の少女⑤

「うん。そうなんだけど内緒にしててね?私は一作目、アリアドネの糸のヒロインで聖女なの。魔法のあるこの世界でも人を癒やす力は特別なモノでね。この力は元々、異世界転移してきた初代聖女(あなた)が持っているモノなの」

「あぁ、なんか神官達が言ってた。でも初代聖女ってもう居るんだよね?だったら僕はその初代じゃないんじゃないの?それに僕は友達の身代わりでこっちに来たわけだし……色々と当て嵌まらないよね?」


 詠美の尤もな意見に、しんっと辺りが静まり返る。

 既に聖女信仰のあるこの世界とアリアドネへと受け継がれている聖女の力。

 詠美が辿るとされているペルセポネの実とのストーリーとは色々と当て嵌まっていない。


 じゃあ一体どういうことなのか。

 ストーリーが違うのならば、詠美が異世界転移してきた意味が分からないとアリアドネは腕を組んで悩む。


「こればかりは神のみぞ知るのでしょう。あまり深く考えても仕方がないわ」

「うん……そうだね」

「あなたがこの世界に来て、そして皆があなたを聖女として崇めている。そしてアリアドネさんの言うゲームのストーリーと現状が一部、酷似している。まずはその事実だけで考えましょう」

「だったらさ、その初代聖女は結局この世界に残ったの?」


 それは詠美が一番に知りたいことだった。

 これからの自分がどうなるのか。

 この世界で生きていくしかないのか。

 二度と元の世界には戻れないのか。

 もし戻る方法がないのであれば、せめて友人に自分の無事を知らせたい。

 自分は大丈夫だと、一人残されて大丈夫ではないであろう友人に伝えることが出来れば良いのにと、考えずにはいられない。


「あっ、そうだよね。不安だよね。でも安心して!元の世界に帰れるはずだよ!」


 寂しそうに俯いた詠美を見て、元気づけるようにアリアドネが両手の拳を作って強く握る。


「ペルセポネの実は攻略ルートが3種類あるの!ハッピーエンディングは恋愛ルート、バッドエンディングは死亡ルート、そしてもう一つ!運営の悪ふざけと言われたけどこれが正規ルート、トゥルーエンディング!このトゥルーエンディングを選べば帰れるはず!」


 詠美に向かって三本の指を立てて、ニッコリと微笑むアリアドネ。

 これが正規ルートであるからこそペルセポネの実の評価は低かったのだけれども、今回ばかりはそのルートがあって良かったと思わずにはいられない。

 異世界転生ならばまだしも異世界転移だなんて、来ることを望んでいなかった詠美にとっては迷惑この上ない極悪の所業なのだろうから。


「いい詠美さん?元の世界に帰るにはまず、誰とも恋愛フラグを立てない。本来なら攻略対象者は各国の国王や王太子なんだけど……登場人物が違うわけだし、この部分は今回は問題ないかな。てかフラグはほぼクリスティーに向いてるし。次にあなたの死亡フラグを立てない。死んじゃったら帰れるものも帰れなくなっちゃうからね。そして最後に探偵となって無事に最初の事件を解決すること!そうしたら聖女は元の世界に帰れるはず!」


 まるでフラグを折るように、立てていた三本の指を一本一本折り曲げて見せるアリアドネ。

 ペルセポネの実の全エンド回収後に見られるのがこの正規ルート。

 全ファンを、そうだけどそうじゃないんだと悶々とさせた問題エンディングを今、攻略するべきなのだ。


「最初の事件?なにか事件が起きるの?」

「事件はもう起きております。夕方頃にあなたが閉じ込められていた鐘塔から大司教が一人、飛び降りて亡くなったのはご存じありませんか?」

「いえ、初めて知りました……だからイーデスさんが変な時間に声を掛けてきたんですね」


 いつもは食事を持ってくる時間にしか、誰も鐘塔を訪れることはない。

 しかもそれは朝昼晩と正確に決まった時間であり、外部へと連絡する手段はないので詠美はいつだって、食事の時に必要な画材を頼んだり受け取ったりしていた。


 なのに今日はいつもとは違う時間に何処か慌てたような様子で、扉の外から声を掛けられた。

 それに少しだけ違和感を感じたけれども丁度その時、詠美は手首にボディペイントをしている最中だったので、外に逃げだそうとしていることがバレるかもしれないと焦った気持ちで端的な返事を返すだけで、なにかあったのかという理由を問うことは無かった。

 夕食の時間まで部屋に誰も入って欲しくなかったのだ。


 あんなに慌てたような声音だったのはそういった理由があるからだったのかと、今になって詠美は納得する。


「ということは僕は容疑者でもあるわけですね」


 それと同時に自分は疑われているだろうと面倒そうな溜息を吐く。

 詠美は自分が閉じ込められていた鐘塔が、どのような造りの場所であるか理解していた。

 部屋に鍵は付いていなかったので塔の中を自由に探索したことがあるからだ。


 出入り口は1カ所だけ、しかも鍵をかけられた扉は内側から開くことができない。

 事件が起きたときに扉が閉まっていたのであればそれは、密室であったということだ。


「自殺ではなく事件なんですか?」

「その可能性が高いと思います」

「誓って僕じゃありませんよ。ずっと部屋で絵を描いてましたから」

「ですが、その証明は出来ないのでしょう?」

「まぁ、そうですね。アリバイは無しです」

「もう、意地悪を言わないでよねクリスティー」

「ふふっ、わたくしが疑わずともですから。そこの部分は理解しておくべきかと」


 ニンマリと意地悪く微笑むクリスティアに、詠美は肩を竦めてみせる。

 100%、疑われていないだなんて思ってはいない。

 望んで転移してきたわけではない世界で自由を奪われて感じる理不尽さ、それが積もり積もって憤りとなり今回の事件に繋がった……なんてことが考えられるのだから。


 特に詠美と関わりがあり、彼女を閉じ込めていたことに多少なりとも罪悪感の持つ大司教達ならば、そんなことを考えているかもしれない。

 詠美からすれば本当に無実であるので、異世界で殺人の濡れ衣まで着せられるなんてたまったものじゃないけれども、現状疑われるのは仕方ない。

 クリスティアを咎めるアリアドネの声を聞きながら、これは今後は怪しい行動は慎むべきだという忠告だと受け取って詠美は頷く。


「僕が聖女であるのかも分からないので、そのストーリーに則って戻れるかは些か疑問でしかないですけど……どちらにせよなにもしないよりかはマシですね。でも前提として、僕の知る探偵とは本の中だけにしか存在していないので……自分がその役割を描けるのか不安です」

「ではパートナーにはわたくしをお選び下さい。わたくしでしたらあなたのよき助手となり、あなたを事件解決へと導きましょう」

「糸を解きほぐすのが得意なんですか?」

「わたくしの灰色の脳細胞はいつだって、その為に存在しておりますわ」

「あははっ!頼もしい探偵ですね!」


 あぁ、本当に僕の世界を知っているのだ。

 相まみえる交じり合うことの無い探偵達の記憶に、頼もしいと詠美は声を上げて笑う。

 この世界に来て初めて感じる愉快さは、少しだけこの胸をワクワクと高鳴らせた。

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