異世界転移の少女④
「実はね!あなたもきっとゲームのヒロインなの!アリアドネの糸の二作目、ペルセポネの実の!」
悪役令嬢は全く知らなかったゲームのことを認知されていることが嬉しくて、この世界を紹介するかのように、じゃじゃーーんっと両手を広げて見せるアリアドネ。
事件のことをなにも知らないことで悲しませてしまったが、打って変わった嬉しそうなその姿を見て、詠美は顔をほころばせる。
「そっか」
「そう!そうなの!本来の時代とは全然違うんだけど、大筋はきっと同じなの!降臨した聖女が四つの大陸の攻略対象者の中からパートナーを選んで事件を解決するっていう内容で」
「まぁ、そうなのですか?」
「もうクリスティーってば!馬車の中で話したじゃん!」
あれだけ必死に説明したというのに全然聞いていなかっただなんて!
責める眼差しを向けるアリアドネに、惚けるように小首を傾げたクリスティアは笑顔で誤魔化す。
「いい?ペルセポネの実にはね、まず国選択っていう名のパートナー選択があるの。争っていた国が平和協定を結ぶために中央のオリュム王国、つまりこの神聖国に集まるところからストーリーが始まってね。その会議の途中で殺人事件が起こるの。元々は争っていた国同士だからお前が犯人だろうってな感じで疑心暗鬼になっちゃって、平和協定も破談になりかけたところで聖女が降臨して、選択したパートナーと共に事件を解決するっていうのがプロローグなの。事件を解決したらパートナーの国へと向かって新しい事件を解決して、愛を育むの。一応それぞれの国では新しい攻略者も出てくるんだ」
改めて説明と共に私は勿論、ラビュリントス王国のストーリーが一番好きだったのっとキラキラと瞳を輝かせて語るアリアドネだが、後半は誰も興味がない話しである。
「それで最後は絶対にオリュム王国が聖女を我が手にってな感じで戦争を仕掛けるために暗躍してくるから、聖女の力で攻略対象者を守りつつ戦争を止められたらハッピーエンディング。対象年齢も下げてたからアリアドネの糸ほどバッドエンディングは多くもなく、グロくなかったわ」
アリアドネの糸はアリアドネに恨みでもあるのかというくらい異常に、バッドエンディングにこだわっていたというか。
この姿に転生してからそのグロテスクなシーンがある意味トラウマのようにアリアドネの人生に付いて回って、それを避けようと随分と苦労した。
「その聖女の力ってなんなの?」
「えっ?傷を癒やしたり加護したりする力を持つ神の紋章ってやつなんだけど。持っているよね?」
「あぁ、なんか大司教達が言ってた……多分、持ってないと思うけど」
「え……えぇ!?」
そんな馬鹿な!
そんな存在は知らないというように頭を左右に振った詠美に驚いた声を上げたアリアドネが、その右手を掴んで掌を見る。
乾いた赤い絵の具で染まった掌にあるのは皺だけ。
今度は左手を取って見るが、やはり皺しか刻まれていない。
「そ、そんなはずはないわ!だって最初の聖女が異世界から神の紋章を持って現れるのがメインストーリーなんだから!そう、そうなのよ!だからおかしいと思ったのよ!だってこの力って最初の聖女が持ってきた力なの!あなたが最初の聖女なら私のこの力は一体……!」
「アリアドネさん少し落ち着いて。説明をしてくださるかしら?」
混乱していて話しが見えない。
ゲームの内容を知っているのはアリアドネだけなのでなにを戸惑っているのか、自分の思考を漠然と喋るのをクリスティアが遮る。
「あっ……そうだよね、ごめん驚いちゃって。あのさクリスティー。この手のこと、詠美さんに言ってもいい?」
「えぇ、あなたが必要だと思うのなら」
否は無く頷いたクリスティアを見て、アリアドネは覚悟を決めるように詠美を真っ直ぐ見つめる。
「あのね詠美さん、私が言う神の紋章ってこれのことなんだけど」
自分の掌を詠美に向けてアリアドネが瞼を閉じる。
体内を巡る魔力と少し違う、特別な力を掌に集めるように、集中して。
久方、使うことの無かった力なので少しばかり使い方を忘れていたが。
すぐにじんわりと掌が暖かくなる感覚が広がり、アリアドネの掌に円形の中に五芒星とそれを囲うようにして古代文字のようなものが浮かび上がり淡く緑色に光る。
「凄い……綺麗だね」
「あ、ありがとう。それで、本当にこういった紋章は現れてないの?」
「うん、全く」
「じゃあ、癒やしの力は?なにか他の方法とかででも……クリスティー、怪我をした手を貸してもらってもいい?」
アリアドネに言われるがままに、包帯の巻かれた手を差し出すクリスティア。
その指に巻かれた包帯を取り、血が浮かび上がる一筋の傷に向かってアリアドネは紋章の刻まれた掌をかざす。
ムムムッと眉間に皺を寄せて、紋章に更に力を込めれば緑色の光りが少し強く輝くと、クリスティアの指の傷が跡形も無く消える。
主の指に傷一つあることすら許さないルーシーが消えた傷跡を見て、素晴らしいと褒めるように称賛の眼差しを浮かべる。
実際に力を使った姿を初めて見たクリスティアも、自分の指をまじまじと見つめて驚く。
「まぁ、素晴らしいわ。あなたが居ればいつだって、武器を持った犯人の前に飛び出せますわね」
「ちょっと、そんな無謀なことは絶対に止めてよね。クリスティーが怪我をするたびに、傷を治せるせいだって私が皆に責められるやつじゃん。詠美さんはこういった傷を治す力って発現してないの?」
「うん、無いかな。凄いね……ていうか、君は聖女なの?」
驚く二人の視線を受けて得意気に胸を張るアリアドネは、傷を直した紋章を不思議そうに見つめる詠美の眼差しに頷く。




