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異世界転移の少女③

「てな感じで、此処に来ました。人がいる場所に連れて来られて良かったと、今では思っています」

「確かに」

「ですが、大変な目に遭われたのに変わりはありませんわ」

「大変でしたけど、衣食住はあるんで苦労はしていません。絵も描けるし」


 最初の頃はそれこそ、ヨーロッパのような風景に自分が異世界に来ただなんて信じられなかった。

 飛行機で帰れる距離に自分がいないことに納得ができず、どうにかして帰ろうと何度も逃げだした。

 けれども逃げれば逃げるほど感じる、自分がいた世界とは絶対になにかが違うという気持ちの悪い違和感。

 連れ戻される度にこの世界がどういった世界なのか説明をされ、元いた世界に戻ることは不可能なのだと説得をされ。

 言われていることと差異のない目の前の現実を段々と飲み込み理解してようやく、この世界は本当に自分がいた世界ではないのだと、逃げても無駄なのだと納得をした。


 元々感情の起伏が薄いせいか、戻る方法がないと言われてもショックを受けたりはしなかった。

 戻れないのならば仕方がない。

 泣き喚いても現状は変わらないのだから、諦めて受け入れるしかない。

 それに暗闇の中で絵を描くよりマシだ。

 逃げようとしていたことが嘘のように呆気なく、唐突に、現実を受け入れた詠美に世話をしていた大司教達は多少訝しみながらも、大人しくなったことをそれはそれは喜んだ。


「とはいえ逃げようとし過ぎたせいで、あの部屋に閉じ込められていたんですけど」


 それ以外の不満は特にないと詠美は苦笑う。

 皆は自分のことを聖女だと崇め奉り、過剰な程に優しく。

 絵を描きたいから画材が欲しいと言えば、必要以上の道具を与えてもらっている。


 むしろ学校に通わなくてもいい。

 時間を気にせず絵だけを描ける。

 これは素晴らしい環境だとさえ思う。

 それに見たことのない景色は詠美の感性を刺激して。

 今まで以上に、自分の中で燻っていた描きたいと思っている絵へと近付いている気がした。


「あなた達はどうしてこの世界に?」

「私達はその……」


 自分のことを話し終えて、今度は詠美が疑問を投げかける。

 どう見ても転移した自分とは違う、見た目はこの世界の住人と同じだというのに何故、日本という国を知っているのか。

 アリアドネがその疑問に答えようと唇を開く。

 だがすぐにクリスティアを見て口籠もる。


「わたくし達は前の世界で亡くなり、こちらの世界で新たに生まれたのです。所謂、前世を覚えている状態なのです」

「輪廻転生ってやつですか?」

「えぇ、そう」

「ねぇ!あのね、前世で……いや、あなたが居た世界で、大きな事件があったと思うんだけど、テレビのニュースにもなってて……それってどうなったのかな?犯人は捕まった?」

「事件?」

「う、うん……」


 アリアドネが言い淀んだのは死んだ理由が理由であったからだった。

 殺人事件だなんて……若い子に聞かせる話ではないと、詳しく話すことに抵抗がある。

 けれども、聞かずにはいられない。

 もしかすると被害者遺族として、なにか家族が世間に訴えていたことがあるかもしれない。


 ドキリドキリとアリアドネの心臓が大きく鳴り響いている。

 あれだけ世間を騒がせた事件なのだ、知らないはずはない。

 だが詠美はあまりピンときていないらしく、小首を傾げる様を見て、クリスティアが自らの胸に手を当てる。


「わたくしが殺された事件です。愛傘美咲殺人事件、資産家令嬢殺人事件、どんなタイトルが付いていたのかは分かりませんが……恐らくそのような形で世間を賑わせているのではないかと思います」

「殺された……んですか?」

「えぇ、殺されました」


 結局アリアドネが躊躇った意味はなく、クリスティアが話してしまった。

 息を呑んだ詠美の瞼が大きく見開かれる。

 薄く微笑みを浮かべて、なんてことないかのように頷くクリスティアを見て、今度はアリアドネを見る。

 その眼差しは同じなのかと、君も殺されたのかと問うているようで、アリアドネは頷くことができずに、視線を逸らすように俯く。


「……すいません。僕はお役には立てないと思います」


 その逸らされた視線を受けて、全てを察した詠美は眉間に皺を寄せて、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


「テレビとか殆ど見ていなくて……世間の情報に疎いほうなんです。時間ができると部屋に閉じ籠もって絵ばっかり書いていたので」

「……そう、なんだ」


 絵ばかりを描いてきたことを、今日ほど申し訳ないと思ったことはないだろう。

 どこぞの有名な芸能人カップルが結婚したときに友人にも言われていたことだ、少しは世間に顔を向けろと。

 まさかその忠告が今、身に染みるなんて。


 詠美が本当に何も知らないのだと知り、俯いた顔を上げたアリアドネが落胆した表情を浮かべている。

 そこでようやく詠美は気付く、彼女と何処で会ったのかを。


「あぁ、そっか。君のこと見たことあると思ったら、なにかのヒロインの子だよね?」

「知ってるの!?アリアドネの糸!」

「そうだ、ギリシア神話の。友達が好きだったから、絵を描いてって言われて……」


 詠美が取り込まれた穴に、最初に引き込まれそうになっていた友人が好きだったゲーム。

 それはこの世界に来る前に、たわいなく話していた内容でもあった。

 詠美が描いて友人がSNSに投稿し、好評だったというあの絵のヒロイン。

 彼女はまさにそのヒロインではないか。


 つまりこの世界は友人が話していたゲームの世界なのだと理解すれば、惜しいことをさせたのかもしれないと思わないでもない。

 もしかすると友人はこの世界に来たがったかも。

 いや、でも聞いた話を思い出すかぎりでは血みどろの話しだった気がしないでもないので。

 やはり自分が来て正解だったと思う。

 スプラッターは偽物であるから良いのであって現実で見るべきではないし。

 寂しがり屋の友人ならばやはり、何処の世界に飛ばされたとしても元の世界へと帰りたがるであろう。

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