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異世界転移の少女①

「詠美さんがお怪我をされたというお話しをお聞きしたので、治療院へとお伺いしたのですけれど無駄足でしたわね」


 簡潔な自己紹介を終え、包帯の巻かれた自身の中指を見せながらクリスティアがふふっと笑う。

 無事に傷の手当てはしてもらえたらしい。

 ナイフで小さく切った怪我なのだが身分のなせる技なのが、随分と見た目が大仰な手当だ。


「あぁ……なんか、塔に閉じ込められてて。でもどうしても外に出たかったから、怪我をしてるフリをして逃げ出したんです」

「まぁ」


 詠美は淡々とした喋り口調で、右手首を見せる。

 一部拭われたボディペイント。

 拭われているのでその傷が偽物だと分かるが、それでもそのあまりのリアルさにクリスティアもルーシーも興味深げに見つめる。


「閉じ込められていたって……塔ってあの中庭の見える塔、だよね?」

「多分?馬に乗った人の像がある庭ならそうだと思う。何度もこの国から逃げだそうとしたからかな。警備のためにって言われて、ちょっと前からあの塔に入れられてたんだ」


 アレスが飛び降りたときに、あの塔の部屋にいたのはやはり詠美らしく。

 像のことも、なんてことないかのように言い頷く。


「此処がヨーロッパじゃないって分かってからは、逃げても行く場所はないし諦めてたんだけどね。逃げない代わりに画材を貰って、大人しく塔の中で絵を描いていたんだけど。どうしても外の景色を見たくなって出て来たんだ。もちろん、戻るつもりだったから……皆、騒いでるかな?」

「この離宮の庭にも探している人が何人かいたもんね」

「神聖国としては、あなたの存在をまだ隠しておきたいご様子ですから。騒がしいというよりかは水面下に、あなたのことを知る者達が必死に探されているようです」


 塔の上から遠くに見下ろす景色ではなく。

 この目で、視界で、目一杯に広がる景色を堪能して、納得のいく絵を描きたかった、ただそれだけ。


 だから逃げだし、見たかった景色を眼に焼き付けたらすぐに戻ろうと思っていただけなのに。

 自分がこの世界にとってどういった存在なのかいまいち理解をしていない詠美は、たかだか人一人のためにと困った様子で肩を竦ませる。


「その者達の目を掻い潜り、こちらへ連れてきたのは良い判断でしたわアリアドネさん。こうして詠美さんとゆっくりお話ができるのですから」

「えへへーー」


 治療院で会っていたとしたらきっと、神聖国側の人間も同席することとなり、腹の探り合いのような会話しかできなかったはず。

 ライル(警備)を説き伏せてよかったと。

 クリスティアに褒められて嬉しいアリアドネは、得意げに人差し指を鼻の下で擦る。


「それで、詠美さんはどのようにしてこちらの世界にいらしたのか、覚えていらっしゃいますか?」

「はい……半年くらい前だったと、思います」


 あまり良い記憶とは言い難いので一瞬、言い淀んだ詠美だったが、だがすぐに思い出すように瞼を閉じる。

 自分がこの世界に来ることになった出来事。

 唐突に、なんの前触れもなく訪れた変容。

 単調に過ぎていくただの日常というものは、それだけで多様なものだったのだと思い知らされた日。


 その日、詠美は幼なじみの友人と一緒に学校から自宅への道程をのんびりと歩いて帰っていた。

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