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逃走劇③

「あぁ、日曜日の朝にやってるやつとか?」

「そうそう!この世界、テレビってないからちょっと寂しいんだよね……えっ?」


 だが少女はアリアドネが思っていたものとは違い、可愛いモノを見るような眼差しを向けて理解を示すように頷く。

 会社も休みだし、日曜日の朝とかパラダイスだった。

 とはいえ日が沈む毎に月曜日(仕事)を思い憂鬱になる日でもあったが。


 今のメイド生活は、前世に比べればクリスティアのお陰で随分と楽な働き方をさせてもらっている。

 厨房でつまみ食いもできるし。


 時間に追われるようにして働いてた頃とは違い、持て余す時間にテレビかスマホが見たいと何度思ったことか。

 そんな懐かしき前世の記憶をつらつらと思い出していれば、はたと気付く。

 何故、日曜日の朝にやっていたことをこの少女が知っているのだろうか。

 アリアドネが疑問の眼差しを少女へと向ければ少女も少女で、アリアドネの口からテレビというワードが出て来たことに瞼を見開き驚いた表情を浮かべている。


「テレビを……知ってるの?」


 互いの視線が絡み合い沈黙が広がる。

 そして互いの疑問を問いかけようと唇を開こうとした丁度その時、遠くの方から響く声が聞こえてくる。


「……様……!」

「どこに……!」

「聖女様ーー!」

「ねぇ、君。僕と何処かで会ったこと……」


 声のする方向を見ながら先に少女が呟く。

 その呟きは風に乗ってすぐに何処かへと流されていき、アリアドネは少女へと駆け寄るとその手を掴む。


「こっち!」


 逃げなければ!

 アリアドネは瞬間的にそう思った。

 どうしてそう思ったのかは分からない。

 でも絶対に今、この少女をあの人達に見付けさせては駄目だと思ったのだ。


 風に逆らうように庭園を走り、青の離宮へと逃げ込む。

 駆け込んできた二人の少女を見て、ラビュリントス王国から連れてきた騎士達が不思議そうな顔をしているが、アリアドネの姿を確認して声を掛けはしない。

 クリスティアから言われているのだ、アリアドネのすることは邪魔をせずに、自由にさせていいと。


 このままクリスティアの部屋に行こう。

 そこで隠れるのが一番安全だ。

 バクバクと激しく脈打つ心音を抱えながら、二階へと続く階段を上るアリアドネだったが、一階と三階へと繋がる階段の出入り口で眠そうに待機していたライルが手を上げて行く手を阻む。


「どうしたんっすか?そんなに急いで……てか誰っすか?関係者以外は中に入れられないっすよ」

「あ、あの仲良くなった神官の人で。此処で働いてるっていうからちょっと中を案内してもらいたいっていうか」

「えぇーー困るっすよぉ。知らない人を入れたら俺が怒られるっす」

「大丈夫!私が責任を取るから!ていうかクリスティーに頼まれたの!中で待たせておいて欲しいって!」


 怠そうな態度を取っている割りにはきちんと仕事をするらしい。

 ライルもここの主人(クリスティア)がアリアドネに自由を与えていることは知っているが、この先にあるのは私室。

 彼女が連れているのが仮にこの離宮を管理する神聖国の神官だとしても、誰でも彼でも入っていい場所ではない。


 疑うような眼差しを向けるライルにしどろもどろと焦るアリアドネ。

 怪しさ満点である。

 手を引かれている後ろの少女のほうが、よっぽど堂々としている。


「本当っすかぁ?うーーん、部屋で変なことしないっすよね?」

「もちろん!」

「俺が通して後から怒られるってことはないっすよね?」

「うん!絶対にない!」

「なら仕方がない。通っていいっすよ」

「ありがとうライル卿!」


 自由という単語が何処まで当て嵌まるのかは分からないが、自分にお咎めがないのならばいい。

 ニッコリ笑ったライルは遮っていた手を上げて二人を通す。

 その横を引きつり笑いを浮かべて足早に通り過ぎ、クリスティアの部屋へと入り扉を閉めたことでアリアドネはようやく、安堵したように息を吐く。


「ここなら絶対に見付からないわ!私のと、えっとご主人様の部屋だから!」


 クリスティアのことを友達と言いかけて止める。

 メイドなのだから主人が正解だ。

 そう言わなければのちのちにルーシーからのお仕置きがありそうだしと、何処か冷静な部分が考える。


 この際、友人だろうが主人だろうがそんなことはどうでもいい。

 少女は日曜日の番組もテレビも知っていた。

 それに外の神官達は聖女を探している。


 クリスティアがよく言う灰色の脳細胞を働かせて点と線を繋いで導き出されたイコールは、治療院に居るはずの聖女が何故かここに居るという答え。

 ジベルは怪我をしたと確かに言っていたというのに。

 もしかして別人を部屋へと連れ込んでしまったのか?

 でもそれならば何故、テレビのことを知っているのか。


 訳が分からないながらも一生懸命グルグルと思考を巡らせていれば、少女が掴んでいる手を持ち上げて見るので、アリアドネもその繋がった手を見つめる。

 いつまででも掴んでいるから気になったのかもしれない。

 連れて来るのに思わず掴んでしまった手をアリアドネが離そうとすれば、少女のその手が真っ赤に染まっていることに気付き愕然とする。


「怪我!?どどどどっどうしよう!ほ、包帯!?消毒液!?絆創膏とかはこの世界にないし!ていうか縫わないといけない!?」


 そうだ、ジベルは手首を切ったと言っていた。

 甲を向けていた手をくるりと回転させて手首を見れば、皮膚がパックリと割れて赤い血に染まっている。

 卒倒しそうな光景に慌てふためき、血が流れないようにと押さえる。


「あぁ、違うよ。これ、ボディペイント」

「へ?」

「ほら、ただの絵の具」


 そういうと少女は自分の右手首を左手の服の袖で擦ってみせる。

 まるで手品のように、傷口が袖に付くと右手首の傷が綺麗に消える。

 リアルすぎてグロすぎる。

 けれどもその傷が偽物であることに、アリアドネはホッと安堵の吐息を漏らす。

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