逃走劇②
「もっと穏便なやり方を考えてよね。びっくりするじゃない」
「ふふっ。では少し出てくるから、お留守番をよろしくねアリアドネさん。先に休んでいても構わないわ」
「ううん、どうせ眠れないだろうから待ってる」
聖女がどういう人物なのか、本当に誰かを害するような人物なのか、気になって仕方がない。
寝ていても悪夢で目が覚めそうだ。
1分1秒でもその身に傷があることは許されないと急き立てるルーシーと共に、怪我の『け』の字もないような優雅さで治療院へと向かうクリスティアを外まで見送り、アリアドネは部屋へと戻る前についでに庭の散歩でもするかと、ようやく訪れた気のする休息の一時に背伸びをする。
あのルーシーの慌てようからして、今後はクリスティアにナイフを要求されても二度と渡すことはないだろう。
「あーー疲れたーー」
魔法道具のランタンを持ってフラフラと庭園を歩く。
列車と馬車を乗り継いでの長旅。
神聖国へと付いてからは色々なことが起こりすぎていてずっと緊張していた気がする。
荷解きも大変だった。
大きく伸びをした腕の先に浮かぶ月を見上げながら、異世界といっても空は前世と変わらないなぁとアリアドネは何度となく思ったことを考える。
月が二つあるわけでもないし星はただ輝いている、吹いている風に揺れる花達は名前は知らないけれども前世で母親が育てていた花と同じだ。
事件は起きるけれどもそれは人が起こすものであって魔物とか、そういう避けられない自然現象のようなものではない。
というか魔物なんていない。
「魔力が切れちゃった」
暗くなったランタンに、再度魔力を込めて明かりを灯す。
魔法はあれども攻撃魔法とかではなく生活魔法だけ。
火柱が上がるような派手な魔法とか使えないのは残念だ。
いや、もしかすると出来ないと思い込んでいるだけで気合いをだせば天まで届くほどの炎をだせるかもしれない、なんだって私は聖女なわけだし?
フッとそんなことを思い、アリアドネは右の掌を開いて天へと向けて真っ直ぐに腕を伸ばす。
その時、まるで祈りを叶えるかのように星が右から左へ流れていく。
「あっ、流れ星」
本当に何処の世界も同じなのだ。
何度となく思ったことを今また考えるのは、起きている不穏な現状の気を紛らわしたいからかもしれない。
そしてこんな馬鹿なことをするもの、思っているよりもこの身に滞留している不安を振り払いたいから。
聖女と呼ばれている人が本当に転移してきた子なのか。
聞きたかった前世のことを聞けるのだろうか。
聖女はただの偽物で、なにも知らないただの殺人者だったら……。
「ファイヤーーーー!」
そんな不安を振り払うように気合いを入れたアリアドネは思いっきり、空に向かって叫んでみる。
あの流れた星を狙うように、広げた掌から大きな火柱が……出てくるわけがない。
しんっと静まり返った空気と、指の間を風が虚しく撫でる。
ま、そうだよね。そうだと思ってた。
分かっていたけれどもちょっと、期待していた気持ちもあるので残念だと肩を落とす。
でも一度、思いっきり言ってはみたかった台詞ではあるので、叫べてスッキリとした気分に満足する。
「なんちゃってね」
「ははっ、可愛い」
クリスティアが話しを聞きに行っているのだ、大人しくそれを待とう。
薄らいだ不安に部屋に戻ろうと、離宮から離れて進んでいた身を回転させ誰に言うでもなく。
自分の馬鹿げた振る舞いをふふんっと鼻で笑い呟けば、返事をするように響いた声にビクッとアリアドネの肩が跳ねる。
声がしたってことは、誰かがいる?
まさか誰かに見られているなんて思ってもいなかったので声のした方向を恐る恐ると見れば、一人の少女が月明かりに照らされてアリアドネを見て微笑んでいる。
長く、黒い髪が月明かりに照らされて風に揺れている。
真っ白な服は神聖国に入ってからよく見る修道服とよく似ているが、少し違うのはその服の至る所に筆で撫でたような色とりどりの柄が付いている。
可愛いというより綺麗な顔立ちの十代くらいの少女の佇む姿に、途端にアリアドネの顔が真っ赤に染まる。
「い、いつからそこに!?」
「ちょっと前?なにしてるのかと思ったらファイヤーって……手から火は出ないんだね」
バッチリ見られていた!
恥ずかしすぎる!
あんなアホなことをする前に周りに誰も居ないことをどうして確認しなかったのか!
というかこの少女は気配すらなかったのだが!
この世界に来ても捨てきれていなかった(むしろ異世界に助長されていた)全力の厨二病を見られてしまい、恥ずかしさからアリアドネは両手で顔を隠す。
泣きはしない、流れた星に言いたいだけ……お前が丁度良く流れてきたから、願いを叶えてもらえる気になってこんなことになってしまったのだという恨み言を。
「知ってますぅ。ちょっと試したかっただけっていうか。出ないって分かってたけど、魔法といったらやっぱり派手なのに憧れるっていうか……子供の頃って魔法少女とか戦隊ヒーローとかに憧れるものでしょう?そういう人達の繰り出す派手な技って真似したくなるじゃない。そんな感じで、この世界でならもしかしたら出来るかもしれないっていう希望を星に祈っただけですぅ」
だからそういうものだ。
どういうものかは知らん。
各自それぞれで考えてくれ。
自分のライフゲージが赤く点滅するのを感じながら誰に対する言い訳なのか、分からない言い訳を前世の話しを織り交ぜながら早口でアリアドネは話す。
ほんとに嫌だ。
また夜中に思い出して頭を掻き毟りたくなる記憶が増えてしまった。
人間とは何故、二度としないと誓った幼い日の行動を愚かにも繰り返してしまうのか。
というか魔法少女とか戦隊ヒーローとか前世の話しをしたとて、この少女には分からないだろうと新たなツッコみを心の中で繰り出しながら顔を覆っていた指の隙間から、きっと可哀想な者を見るような眼で自分を見ているはずの少女を見る。