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逃走劇①

「大変なのクリスティー!」


 青の離宮に戻り、ユーリと分かれて自身の客室の扉をクリスティアが潜った瞬間、アリアドネが堰を切ったように話し出す。

 ソファーに座る時間も勿体無いとばかりの勢いだが、急いだとてなにかが変わるような状況でもなし。

 クリスティアは悠々とソファーへ座り、アリアドネに向かいの席を示す。


「えぇ、お聞きしましょう」

「あのね!私がお水を取りに行ったら丁度、晩餐会場からマザー・ジベルが出て来たの!彼女と一緒におじいちゃ、じゃなくて教皇聖下も出て来て!私ね、なんとなく邪魔しちゃいけないかなって思って立ち止まったの!」


 荒々しくソファーへ座り、急き立てられるように話し出すアリアドネ。

 聞き耳を立てるつもりは全くなかったと一応の言い訳をしながら。

 厨房から水差しとコップを貰い、トレーに乗せて溢さないように、落とさないようにとゆっくり歩いていたら、たまたま晩餐会場から出てきた二人と出くわせたのだ。


 ジベルとイオンは騒いでいるわけではなかったが、静かながらも剣呑とした声音と、ただならぬ雰囲気を纏っており。

 そんな二人を見て、アリアドネは邪魔をしてはならないと第六感的に察し、視界に入らないように廊下の角で足を止めた。

 メイド家業がすっかり板につき、空気を読む術が自然と身についていたのだ。


「そしたらね、教皇聖下が言ったの!本当に聖女様が怪我をされたのか?って!」


 バクバクと心臓が鳴っている。

 それは重大で、重要な告白だった。

 聖女とはアリアドネが会いたいと思っている人で、そのためにこの国に来て、なのにその人が怪我をしただなんて一体どういうことなのか。

 あまりの驚きにアリアドネはその場で息を呑み、トレーを持つ手を震わせた。


「マザー・ジベルも頷いて、そのね自分で手首を切ったようだって言ってて……それですぐに治療をするために塔の間から治療院に連れ出したって言ってたの」

「塔の間?」

「そう言ってた……それで、その、あの……マザー・ジベルがね……」


 それを聞いた時の衝撃を思い出して、アリアドネの声が震える。

 これは言うべきことなのだけれども、事実なのかが分からない。

 グルグルと混乱が頭を巡り口籠もりながらも縋るように、クリスティアを見つめる。


「聖女様が大司教を突き落として、自殺を図ったんじゃないかって言ってたの」


 ジベルが今のアリアドネ以上に動揺したように、怯えたように、イオンへと救いを求めるような眼差しを向けて言ったのだ。

 ジベルは小さく呟いたつもりだったのかもしれないが、それは思っているよりかは大きな声となって、アリアドネの耳へと届き愕然とさせた。

 そしてその意味を反芻している間に、イオンは滅多なことを言うものではないとジベルを叱責し、急ぎ去って行ってしまったのだ。


 しばらくその場で茫然と立ち尽くし、ようやくその意味を飲み込んだ頃、アリアドネは固まる足を叱咤するように踏みだし、急いでクリスティアの待つ休憩室へと戻った。

 その間中ずっと、いや今この時でさえもジベルの言葉が頭の中を巡っている。


「つまり塔の間というのは、あの鐘塔にある部屋のことなのね」


 だから事件が起きた時にイーデスは慌て、聖女の安否を確認するために真っ先にその部屋へと向かったのかもしれない。

 聖女が匿われた部屋、いや閉じ込められていたというべきなのか。


 あの鐘塔には飛び降りたアレスと聖女の二人だけしか居なかったというのならば。

 そしてその死が疑わしいものであると考えているのであれば、ジベルが無事であった聖女を疑うのも頷ける。

 もしかするとジベルも見ていたのかもしれない、クリスティアと同じように塔の上に立つ黒い人影を。


「治療院は何処にあるのかしらルーシー?」

「王城の近くと記憶しております」

「そう。果物が食べたいわ、ナイフを貸してくれる?」


 場所が分かるのならば問題ない。

 一人納得したクリスティアは目の前にある果物を見つめる。

 なにが本当のことなのかは分からない。

 分からないのならば、調べるしかない。

 手を差し出すクリスティアに紅茶を入れていた手を止めたルーシーは、疑いもせずにナイフを差し出す。


 それくらいならばクリスティアはいつも自分で切り分けるからと、簡単に渡したことをルーシーはすぐに後悔する。

 何故ならばクリスティアはそのナイフを果物ではなく自身の中指に当てると、止める間もなく皮膚を切り裂いたからだ。

 皮膚から溢れでるように、一筋の血がクリスティアの指を伝って流れていく。


「クリスティー!なにしてるの!?」


 驚いたアリアドネが声を荒げて近くの布巾を取ると、机に乗り上がらんばかりの勢いでその手を掴んで、止血しようと覆い被せて握る。

 白い布巾に赤い色が染み込んでいく。

 同じくルーシーも卒倒しそうなほどに顔を青くさせると、何処に仕込んでいたのか分からないが消毒やら包帯やらを両手に抱えてクリスティアの治療をしようとする。


「まぁ、大変。不注意で手を切ってしまったわ、これは治療が必要だと思わない?」


 慌てるルーシーとアリアドネを余所にクリスティアは平然と言い、今にも治療をしようとするルーシーを止める。

 それに主の言わんとすることを瞬時に理解したルーシーは手に持っていた包帯をまた、何処とも分からないところへと仕舞う。

 ルーシーは四次元ポケットでも持っているのだろうか、アリアドネは毎回不思議に思う。


「そりゃ治療が必要に決まってんじゃん!破傷風とか怖いんだからね!なんでこんなことしたのよ!ルーシー、早く治療してよ!」

「私にはとても、その怪我を治療できるほどの力量はございません。治療院に行くのがよろしいかと思います」


 ここに来てようやく、クリスティアの意図を汲み取ったアリアドネが口を噤む。

 聖女の居る治療院に行きたいがために、わざと指を切ったのだ。

 なんて短絡的なのか。

 心配して損をした。


 というか指を切っただけで死ぬわけではあるまいし、必要以上に騒いで恥ずかしい。

 その恥ずかしさを誤魔化すように、アリアドネはクリスティアへと責めた眼差しを向ける。

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