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招待状について②

「大方、明日のパーティーも次の教皇を決めるなんらかの発表でもするんじゃないのかい?いっそのことシンプルに殴り合って勝った奴を教皇にすればいいのにね」


 そうすればこんな面倒事に巻き込まれずに済んだのに。

 一国の主として仕方がなく参加をしたアデスは、面倒臭そうに天井を見上げる。

 彼女はどうやら聖女が降臨したという噂を知らないらしい。


 リュビマらしい穏やかでない解決方法を示していたその時、扉の外でカチャカチャと小さく響く音に気付いたルーシーが扉を開く。

 どうやら水差しとコップをトレーで持ってきたせいで、扉をノック出来ずにいたアリアドネが外で困っていたようだ。


「お水、持ってきました」

「ありがとう、アリアドネさん。机に置いておいてくれる?」


 デイジアは瞼を閉じたままなので無理に起こす必要もない。

 言われた通りにトレーを机の上へと静かに置いたアリアドネは何かを言いたげにクリスティアを見るが、向かい側に座るアデスを見て躊躇ったように視線を逸らす。

 だがまたクリスティアを窺うように見つめる。


「……雨に濡れた子犬みたいに可愛い子だね。珍しいじゃないかクリスティー、ルーシー以外を側に置いておくなんて」


 アデスがアリアドネの小動物のような行動を見て、慈愛に満ちた眼差しを向ける。


「あなたと同じで、最近は可愛らしいモノを見付けると側に置きたくなってしまうの……まぁ、そうなるとあなたとはライバルになるのかしら?」

「やめとくれよ。そんなことされたら皆、アンタに持ってかれるじゃないか」

「あら、そうなったらあなたもわたくしのコレクションに加えてさしあげるわ」


 粗暴で粗野な自分と違い、美しく洗練されたクリスティアとではライバルにもならない。

 自分が不利になるなのは分かっている。

 拗ねたように下顎を突き出すアデスにクリスティアはクスクス笑う。


「へっ、可愛くないアタシを側に置いたって誰も楽しくないだろうよ」

「まぁ、アデス。あなたがわたくしを可愛いと思っているのと同じくらいに、わたくしもあなたを可愛いと思っているわ」


 だから問題ないというように、クリスティアが机の上に置かれたアデスの手を持ち上げて握り締めてると、緋色の瞳を細めて意地悪く笑う。


「是非とも可愛らしいあなたをラビュリントス王国に連れて帰りたいのだけれど、了承してくださるかしら?」

「うっ!止めとくれクリスティー!アンタに誘惑されたら、アタシは付いていきたくなっちまうよ!けどそれを了承すればうちの夫がなにをしでかすか分からないから無理なんだ!」

「まぁ、残念。あなたをわたくしのコレクションに加えたかったのに」


 クリスティアに収集されればアデスの周りにも可愛いモノが溢れるので、これはとても大変に魅力的な誘いなのだが。

 そんなことをすれば狂気の夫がなにをしでかすか分からない。

 身の程も弁えずラビュリントス王国へと戦争でも仕掛けて、リュビマの民に迷惑を掛けそうなのだ。


 なんであんな男を夫にしてしまったのか、アデス人生最大の後悔である。

 いや、分かっている。

 見合いの場で初めて会ったときに最高に見た目が好みの可愛さだった彼に、アデスが一目惚れしたのだ。

 まさかこんな窮屈な結婚生活が待つとも知らずに、見た目に惑わされた結果の結婚はまさに、アデスの自業自得である。

 アデスはなんだかんだ言っても可愛いモノよりリュビマ王国が一番の宝なので、クリスティアの手を名残惜しそうに、本当に名残惜しそうに握り返しながらも泣く泣くその提案を断っていれば、コンコンというノックの音が響く。


「どうぞ」

「失礼します。デイジア、大丈夫かい?」


 クリスティアの少し笑いを含んだ了承の声を聞き、近くにいたアリアドネが扉を開けば、食事を終えたらしいアメットが心配そうに眉尻を下げながら中へと入ってくる。

 そしてすぐに横になっているデイジアに駆け寄ると、その肩に手を置く。

 顔色が随分と良くなったデイジアがその声に瞼を開く。

 アメットの後ろにはユーリと雨竜の姿もある。


「うん、少し眠ったからかだいぶ良くなったみたい。食事会は問題なかった?」

「あの後すぐに教皇聖下が席を外したし、問題はなかったよ」


 沈黙と牽制が飛び交う決して楽しい雰囲気ではなかったけれども。

 なにも失敗はなかったと頷くアメットに、デイジアは安堵したように微笑む。


「教皇聖下が席を外されたのですか?」

「あぁ、マザー・ジベルからなにかを耳打ちされてから、すぐに席を立ったんだ」

「なにか急いでいる感じでしたので、重要な事だったのかもしれません」


 頷くユーリと雨竜。

 事故後にわざわざ開いた晩餐だったというのに……それを先に切り上げてまで席を外した訳とは。


 アリアドネにはそうなった心当たりがなにかあるのか、ソワソワと落ちつきなく視線を動かしている。

 トレーを持って戻ってきたときからそうであったことに気付いたクリスティアは、一同を見回して声を上げる。


「では皆さん、本日はもう遅いですし旅の疲れもあるでしょうから、各々の宮に戻りましょう。アメット、わたくし達は青の離宮に宿泊しておりますから、なにかあれば遠慮なさらずに訪ねていらしてね?」

「はい、クリスティー様」

「あの、ありがとうございますクリスティー様。それにリュビマ女王陛下も」

「堅苦しいのはよしとくれ、アデスで構わないよ」

「ふふっ、はい。ではアデス陛下、私もデイジアとお呼びください」


 心からの感謝を示して、アメットに支えられるようにして去るデイジア。

 アデスはすっかりデイジアが気に入ったらしく、名残惜しそうにその背中を見送る。


「それじゃ、クリスティー。アタシは北西側の奥にある赤の離宮に居るから、いつでも訪ねてきていいからね。こっそり酒も持ってきてるんだ」

「わたくしは未成年ですわアデス」

「ここは神聖国(他国)だよクリスティー!それにリュビマでは自分が成人だと思う歳が成人さ!」


 赤の離宮は元は皇帝宮であった宮だ。

 自国にいるわけではないのだから堅苦しいのはなしだというように豪快に笑い、ウインクをして去って行くアデス。

 自国ではないからこそ、もう少し礼儀を弁えなければならないのだがとその背を苦笑い気味に見送り。

 クリスティアはユーリへと手を差し出す。


「では、わたくし達も戻りましょうか」


 その手を受け取りユーリとクリスティアは青の離宮に。

 雨竜は寂しそうに一人、黒の離宮に戻るのだった。

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