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招待状について①

「なんだい、きちんと侍女を連れてきているじゃないかクリスティー」


 晩餐会場から一番近い休憩室。

 扉の前に背筋を伸ばして立つルーシーの姿を見付けて、アデスが訝しんだ声を上げる。


 当たり前だ、ルーシーはいつだってクリスティアに付き従う侍女、離宮に置いていくわけがない。

 あれはあの場からデイジアを連れ出すための口実なだけであり、髪飾りとてクリスティアがわざと落としたのだ。

 デイジアの顔色は察したというのにどうしてそういうところは察せられないのか、クリスティアが呆れた視線をアデス向けながらてきぱきと指示を出す。


「アリアドネさんは水を貰ってきてくれるかしら?アデスはデイジアをソファーへ」

「う、うん!分かった!」


 アデスに抱えられたデイジアを見て慌ただしくアリアドネが外へと出て行く。

 その間、ルーシーがソファーのクッションを整える。


「アメットが迎えに来るまでの間、瞼を閉じているといいわ」

「はい、ありがとうございますクリスティー様」


 壊れ物を扱うように、アデスがデイジアをソファーへと下ろす。

 旅の疲れもあったのだろう。

 クリスティアが眠るようにと優しい手つきで瞼を覆い隠せば深い深呼吸をして、暫くすると浅く落ち着いた寝息を上げ始める。


 あまり騒がしくならないように。

 クリスティアは手を離すとアデスへと視線を向けて、二人でソファーから離れた窓際の席へと移る。


「全くもって、来賓に気を遣えないとは神の国が聞いて呆れるねぇ」

「えぇ、そうね。でもあなたの振る舞いも随分だったわ。食事の場であのようなお話しをなさるなんて」

「だって、あんな酷い食事ったらないだろう?長い道のりを旅してきたっていうのに……腹が減って気も立ってたし。なにか一発噛ましてやらないと、気が済まなかったっていうか。まさか目撃してる者がいるなんて思わなかったんだ」

「あなたったら、どうしてそう好戦的なのかしら?」

「うっ、これはもう性分なんだよクリスティー。申し訳ないと思ってるから、そんな目で見ないでおくれ」


 リュビマの国で宴と言えば飲めや騒げやの大騒ぎ、肉や酒が振る舞われる無礼講の大宴会だというのに。

 先程の晩餐のように静寂の中で順番に出てくる料理をお上品に食べるだなんて、腹の足しにもならないし反って腹が減る。


 言い訳を連ねるアデスに緋色の瞳が責める眼差しを向ける。

 その眼差しにじっと見つめられて、口籠もったアデスは悄気るように頭を下げて素直に謝る。

 アデスの性格上、その謝罪はどうせすぐに忘れてしまうのだろう、なのであまり口うるさく言っても仕方がない。

 それにアデスの無遠慮さは彼女の魅力でもあるので、クリスティアは諦めたようにただ息を吐く。


「そういえば、あなたが前日に来るだなんて珍しいわね。いつもは当日の時間間際にいらっしゃるのに」


 アデスはこういう集まりに時間通りに来た例しは一度たりともない。

 遅刻なんてざらだ。

 話の内容が変わり(許されたわけではないが)許されたと安堵したアデスだったが、時間の話しをされて嫌そうに顔を歪める。

 アデスが神聖国に対して好戦的に構えているのはこの件が強く関係していた。


「ケッ、騙されたんだよ。あの死んだ大司教にね。国に届いた手紙には今日の昼食会がパーティーだから遅れないようにって書かれていたからさ、アタシは要望通りに遅刻するつもりで今日の昼過ぎに来たのさ。そうしたらどうだい、パーティーは明日の夜ときたもんだ。神に仕える者がとんだ嘘吐きじゃないか」


 命じられると反対のことをしろと言われている気になり、逆らいたくなるアデス。

 だがそれを見越していたのだろう、アレス大司教のほうが一枚上手だったらしく。

 してやられてしまい、机に肘をついてその掌に顎を乗せたアデスはふて腐れたように唇を尖らせる。


「手紙はアレス大司教から送られてきたの?」

「そうさ、それぞれ担当の大司教が各国に送ってるみたいだよ」


 フンッと憤りを吐き出すように鼻で息を吐いたアデスは頷く。

 ユーリから見せて貰った招待状には確かに、イーデスの名が記してあった。


「腹が立ったから、なんでそんな手紙を寄越したのか問い詰めてやったんだよ。そしてたらあの男、なんて言ったと思う?アタシらリュビマの民は信仰心が足りない、皆の信仰心を神に示すために遅刻をしてきては困るから、時間を早めに書いたと抜かしてきやがったんだ。リュビマの神は赤い砂であり輝く星であり渇きを癒やすオアシスだ!大体、可愛いか可愛くないかも分からんもんを信仰なんて出来るか!」


 湧き上がった憤りを思い出し声を荒げたアデスに、デイジアが少し呻く声を上げるので、慌てて声のトーンを落とす。


「リュビマは神聖国を受け入れたんだ、ならば逆も然りだろう。全てに寛容であるべき神の名を騙り、こちらが信じる神を馬鹿にするような態度に腹が立ったからね。そんな理由で嘘の手紙を書いたのかって襟首を掴んで締め上げたら、他の大司教と競ってるから遅刻をされては困るって白状したよ。どうやら教皇の体調が思わしくないみたいだね」

「そうなのですか?」

「詳しいことはアタシも知らないよ。あの男の息の根が止まる前に離してやったから。でももし、今の教皇が死んだら次の教皇はあの大司教達の中から選ばれるんだろう?教皇になりたい奴らはここぞとばかりに株を上げときたくて必死にもなるだろう」


 どうせ死ぬならば、息の根が止まるまで有益な情報を吐かせれば良かったとアデスはニヤリと口角を上げる。

 そうして召された天で神に伝えればいい、自分が欲を掻いてしまいこのような結果になりましたと。

 神は笑ってあの男を地獄に堕とすはずだ。

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