マーク・ガイルズ②
「事件当日の行動をお伺いしても宜しいですか?」
「……えぇ、確か夜会には19時丁度に婚約者であるパーシー・スロットルを伴って来場しました。主催者のクレイソン卿にご挨拶をしたあとはパーシーとダンスをしたり、友人達とお酒を飲んで談笑したりして過ごしていました」
「20時から21時までの間はなにをしていたか覚えてませんか?」
「20時から21時ですか?えっと時間まで正確には分かりませんが男性用のゲストルームかダンスホールに居たと思います。ただなにか事件が起きているという騒ぎになったときは確実にホールに居ました……あぁ、確か柱時計の音をホールで聞いた記憶があります。なので20時にはパーシーと共にホールに居たのは確かですね」
正確な時間は覚えていないものの大体はダンスホールからは動いていないと記憶を辿るようにマークは証言する。
リネットが殺された時間は間違いなくホールに居たと断言できる証人をマークは持っているらしく一応、婚約者に確認は取らなければなとニールは手帳にメモを取る。
「なにか夜会で不審な点とか気になることとかありませんでしたか?些細なことでも構いません」
「気になること……そういえば、夜会に来てからすぐにリネットと話したんですが誰かと大切な話があるからその後で私にも話があると興奮して言っていました」
「話、ですか?」
「えぇ、私達の関係についての話だというので……どうせまた別れ話だろうとそのときは笑って宥めましたよ。私が婚約者を連れている姿を見ると嫉妬するんです。そういうのが可愛いところでしたがね。あの時、私が相手の男との話を共に聞きに行っていればこんなことにはならなかったんでしょうね」
伏し目がちに微笑んだマークがこの事件を止められなかったことへの後悔を滲ませる。
それにクリスティアは不可解そうに小首を傾げた。
「ガイルズ様はギャゼはご覧になりますか?」
「ギャゼですか?使用人が見ていると思いますけど……私は大衆紙は見ませんので」
なにかギャゼに意味があるのかという不思議そうなマークの顔にクリスティアは気にしないでくださいというように頭を左右に振る。
「では、リネット・ロレンスが妊娠していたことはご存じでしたか?」
「えっ!?」
クリスティアの話の不可解さに気付かずそのままリネットの妊娠を告げるニールに、マークは瞼を見開いて心底驚いたという表情を浮かべる。
「いえ、いえ全く!そんな話は……どうして分かったんですか?」
「ロレンス邸に診察記録もありましたし、解剖もしましたので」
「あ、あぁ……そうですよね」
そうかっと呟くように口に手をやり、なにか考える素振りでマークは視線を横へと向ける。
「父親が誰か気にならないのですか?」
その考えの邪魔をするようにクリスティアが出されていた紅茶を一口飲んでマークに事も無げに告げる。
その言葉にクリスティアに一気に視線が集まる。
「えっ?」
「ご関係がおありでしたのならお気になさるかと思ったものですから、違います?」
なにかおかしなことでも口にしたかしらっと平然とした態度のクリスティアに、マークは薄らと額に汗を滲ませる。
気にしてないわけではないのだろうけれどもその真実が怖いのだろうか、婚約者がいたのならば尚のこと。
別の相手を妊娠させたなど醜聞でしかない。
「あぁ、そうですね……誰か分かっているのですか?」
「残念ながら」
「そうですか……まぁ私ではないのでしょう。リネットからそのような話は聞いていませんしそれに私だったらすぐに責任を取るつもりです。もしかして夜会のときの大切な話というのは相手とその話だったのかもしれませんね……それで揉めてあんな事件に」
「まぁそう考えられないこともないでしょう。あなたにこういったことを聞くのは憚られるのですがリネットさんの相手……つまり子供の父親についてなにか思い当たる男性はいますか?」
「思い当たる……というか」
「ここでの話は他言しませんのでどうぞご安心してお聞かせ下さい」
自分の行動の後悔は饒舌に口にしていたマークだったが子供の父親の話になると急に消極的になる。
そのなにかを知っているような口籠もった態度にニールは他へは喋らないので大丈夫だというように先を促す。
「その……リネットの幼なじみというのが少し独占欲が強いと言いますか、嫉妬深い男だったと聞いています」
「幼なじみ?」
「えぇ、確か名前はヒューゴとかいう……」
「ヒューゴ・クインリイですか?」
「そうです、そうです。リネットが言ってました結婚も出来ないくせに独占欲ばっかり強くて困ってるって、私にも一度リネットと別れるようにとでないと許さないと忠告めいたことを言ってきたことがあります」
「………………」
思いがけず出た名前にニールは興味を引かれたように手帳に書き記す。