各国の招待客④
「明日の……」
視線を動かすだけで沈黙していたクリスティアがメイン料理が運ばれたのを見て、ようやく声を上げる。
そのよく通る声に、皆の視線が一斉に集まる。
「明日のパーティーはこのまま行われるのでしょうか?」
その視線に臆することなく、誰もが知りたがっている問いを口にする。
死者が出たのだ、しかも大司教クラスの者の死。
通常であれば喪に服す期間を設けるはずなので、パーティーのような華やかな催し物は避けるはず。
「それはもちろんです。これは神聖国の今後を左右する重要なものとなりますし、皆様には時間を割いてお集まりいただいているのですから。アレス大司教も自らの行いのせいで此度の件を延期することは望まないでしょう。それほどまでに特別なものなのです。明日のパーティーは予定通り行います。どうぞご心配なさらずに」
「そうなのですね」
「それほどまでに重要なパーティーを中止すれば、亡くなった者も報われないことでしょう。私どもの参加を許されたことはある種、彼の救いとなるはずです教皇聖下」
死者の弔いを延期してまで行われるパーティーはどれほどに重要なものなのだろうか、強く語るイオンにレアがここぞとばかりにその決断を賞賛する。
レアは信仰心が強いからこそ、ラビュリントス王国のことをいつだってライバル視していた。
信仰心だけは負けないという自負があるのだろう。
大国の人口におされて、神聖国から受ける恩恵はいつだって二番手であることを苦々しく思っているのだ。
しかもユーリとクリスティアの信心の不十分さが見て取れるのでそれがレアの対抗心を煽り、どうにかして鼻を明かしたいという気持ちが強くなってしまう。
信仰心が強い割には俗物的である。
とはいえ、神聖国の信仰を支えているのは間違いなくラビュリントス王国の信者達であることは召命された修道者ですら分かっていることであり。
古い教会の補修や修道者達の衣食住の保証といった信心だけでは維持できない物質的なものの大部分を支えているのは、国の信者達に信仰の自由を与えているラビュリントス王室からの我が国の民を蔑ろにしないようにと支払われ続けている寄付金であるので、二人の信仰心が薄くてもイオンが彼らを無視することはできない。
そんな和やかさの欠けた談議を続けていれば、メインが運ばれた段階で限界を向かえたらしいデイジアがハンカチを唇へと当てたので、その様子を見たクリスティアは流れるような動作で髪に触れる。
「わたくしも彼の平穏をお祈りいたしますわ教皇聖下、あら髪飾りが……」
クリスティアの髪を彩っていた髪飾りの一つがカツンと地面へと落ちる。
その髪飾りを近くに居た修道女が拾う。
それにありがとうとお礼を口にして微笑えめば、その少女は恥ずかしそうに頷きその場から離れる。
「困ったわ、離宮に侍女を置いてきてしまって……デイジア王子妃、よろしければお付き合い下さるかしら?」
身なりを整えるという口実はこういう場からの退席にはよく使われる手法だ。
そしてそれを整えるために友人や下位の者に付き添いを頼むことがままある。
社交界ではそれを利用して、嫌いな相手を休憩室へと追いやることもあるのだが、デイジアにとっては今はまさに救いの手である。
「は、はい!」
「申し訳ございませんが、先に退出をさせていただいても教皇聖下?」
「えぇ、構いませんよ」
「感謝いたします」
「なんだいなんだい女子会かい?ズルいじゃないか、アタシも混ぜておくれ」
こんな味気ない食事しかない場からさっさと抜け出したいと、顔にありありと書いてあるアデスも立ち上がり、退出する二人に付いてくる。
扉を出れば気が抜けたのが、デイジアが肩の力を抜くと同時に少しふらつけば、その肩を掴んだアデスが彼女をお姫様抱っこする。
「きゃっ!?」
「酷い顔色じゃないか、可愛い顔が台無しだよ全く」
「まぁ、アデス。急に抱き上げたら驚いてしまうわ」
「そりゃ、すまないね!可愛い子を放っておけない性分なもんで!こういうときはね、無理なんてするもんじゃないよ。あんたの夫はあんたを助けるために存在しているんだから」
「あの、ありがとうございます」
まぁ、デイジアが体調を崩したのはほぼほぼアデスが余計なことを言ったせいでもあるのだが。
照れくさそうに俯いたデイジアを見て、アデスの胸にグッサリとハートの矢が突き刺さる。
「ヤバいよクリスティー、なんて可愛らしい子なんだい。リュビマに連れて帰ってもいいかい?」
まるで赤子でも掲げるかのように、デイジアを持ち上げるアデス。
それに冗談を言って和ませてくれているのだと笑うデイジアと、それが本気であることを知っているクリスティアは呆れて窘める。
アデスは勇ましい戦士だが、可愛いものが大好きなのだ。
「公国の王子妃です。駄目に決まってますでしょう。デイジアに変なことをなさったらリュビマ殿下にお手紙をお送りしますからね」
「止めとくれ!あの男を置いてくるのは大変だったんだよ!」
鼻の下を伸ばしただらしない笑顔でデイジアを見ていたアデスは、顔色をサッと引きつり笑いに変える。
リュビマ殿下とはアデスの夫のことだ。
王はアデスだけであり、唯一無二の存在であるからと女王の配偶者であるのに王の付く名を頑なに名乗らず、まるで神であるかのようにアデスを崇拝する潔癖で独占欲の強い夫に今、この状況を知られたらどうなることか、想像しただけでげんなりする。
夫のことを思い出しすっかり意気消沈したアデスはクリスティアに付き従うように大人しく、デイジアを抱えたまま休憩室へと向かう。
そうして三人が晩餐会場から離れて少し経った頃、一人の修道女が焦った様子で会場へと現れる。
その修道女は小走りに、真っ直ぐにジベルの元へと向かうと小声でなにやら伝える。
その言伝を聞き、ジベルも顔色を変えてイオンへと近寄るとそっと耳打ちをする。
「申し訳ございません。少し所用ができましたので席を外させていただきます。どうぞ皆様は最後まで晩餐をお楽しみください」
ジベルからの言葉を聞き、驚いたように瞼を見開いたイオンはすぐに取り繕うように笑んで立ち上がる。
さして仲が良いわけではない、残された者達の間に漂う気まずさ。
主賓の居なくなった会場を包むのは大体にして、沈黙であった。