各国の招待客③
「まずはお集まりいただきましたことへの感謝を示しまして、私から皆様に祝福をお授けいたします。さぁ、浄化の聖水を飲み干しましょう」
イオンが杯を持つのを見て、皆も目の前の杯を持つ。
そして乾杯とは言わず、一度大きく頭上へと杯を持ち上げたイオンは中の液体を一気に飲み干す。
その様を見て、一同も杯の中身を呷る。
てっきり祝い酒かと思い中身を飲み干したアデスだったが、それがただの水であったことに、これのどこが歓迎なのかと眉間に深い皺を寄せる。
レアのように信仰心の厚い者からすれば、教皇と同じ入れ物から注がれた聖水を飲むことは大変に光栄なことであると分かるのだが、アデスはそんな光栄知ったことではない。
この時点でアデスの中でこの晩餐会は最低な催し物となり、なにか一言嫌味でも言ってやらなければ腹の虫がおさまらなくなる。
「それにしたって随分と派手な歓迎だったみたいじゃないか」
この場の全てが不服なアデスが人差し指を頭上まで上げると、その指を机に指すように爪先をぶつける。
あの飛び降りた大司教のことを示しているのは明らかであり、場の雰囲気に緊張感が漂う。
「リュビマ女王陛下それは……食事の場での話題ではございません」
「構いませんよマザー・ジベル。皆さんも気にかかっていることでしょう。誠に遺憾なことです。あのような事故が起きるとは……私共も予想だにしておりませんでした」
咎めるジベルを遮り、イオンが神妙な面持ちでアデスを見つめる。
容貌は年寄りのくせして見つめる黒い眼差しは力強く、アデスは少したじろぐ。
だが元来の気の強さから視線を逸らすことは負けだと、イオンを見据える。
ユーリのときのような火花が散るようなことはないものの静かなる対立をする二人に、レアだけはなにが起きたのか知らないらしく、困惑した様子で視線を合わせる二人を交互に見ている。
「なにかあったのですか?」
「なんだ、いの一番に来ていたくせに知らないのかい?」
レアの戸惑ったように上がった声にようやく視線を逸らし、アデスが呆れたように肩を竦ませる。
あれだけあちらこちらと大騒ぎしていたというのに。
暢気に神にお祈りでもしていたから気付かなかったのだろう。
からかうような声音にムッとしたようにレアの眉間に皺が寄る。
アデスは誰彼構わず喧嘩を売らなければ気が済まないらしい。
「アタシの案内をした男がどっかから落ちて死んだらしい、なんて名前だっけ……えーーと」
「えっ!?それは信者ではなかったのですか!?」
「アレス大司教ですわ。わたくし達の目の前で、鐘塔の上から転落いたしました」
アデルのジェスチャーを理解していなかっただけで、どうやらレアも飛び降りがあったことは知っていたらしい。
デイジアがその時の光景を思い出してしまい、顔を青くしている。
それにアメットが気付き心配そうに背中を撫でる。
このままアデスが話し続ければ言わなくてもいい描写まで口に出し、デイジアが倒れてしまいそうだ。
そうならないように食事を進めていたクリスティアは手を止めると、ナプキンで唇を拭い起きた事実を告げる。
目撃者がこの場にいるのだという忠告を込めて。
それにアデスが驚いた声を上げる。
「なんだって!?そうなのかいクリスティー!なんてこったい!アンタのその繊細でか弱い神経が大いに傷ついたんじゃないのかい?」
繊細でか弱い神経?
一体誰のことを言っているんだ?
ユーリが心底不思議そうに、疑問を持った眼差しをクリスティアへと向ける。
凄惨な遺体を真っ直ぐ見つめていたクリスティア。
ミサに現場の映像を撮らせて、平然と観賞していたクリスティア。
アデスには一体、クリスティアがどういう風に見えているのか甚だ疑問だ。
気分を悪くしているデイジアのほうが余程、その繊細でか弱い神経を持ち合わせているではないか。
ユーリの納得いかないという視線とアデスの心配する視線を受け、クリスティアはニッコリと笑む。
「多少は驚きましたけれど、わたくしにはなんの問題ございませんわ。ただこのような場では、思い出したくはない光景です」
「そ、そうだよね。すまないねクリスティー」
心から笑んではいないクリスティアが向ける視線に気付き、アデスが隣のデイジアの見れば酷く顔色が悪い。
その様子を見てようやく自分がなにをしでかしたのか理解をして、焦ったように頷く。
「悲しい悲劇です。アレス大司教は良き隣人でした。意欲的に活動し、彼を慕う信者達も多かったのですが。若い分、何処かで大きな負担を感じていたのかもしれません。お話しが出たのでもし宜しければ、彼の安寧のための黙祷を捧げていただけますでしょうか?」
そう言ってイオンが両手を握り瞼を閉じる。
それに倣ってまずレアが瞼を閉じ、皆も次々と瞼を閉じる。
数秒の沈黙ののち、イオンの柔らかい声が響く。
「ありがとうございます。皆様の暖かいお気持ちはきっと、自らを地へと堕とすこととなったアレス大司教へと届き、天へと続く道が少しは近くなることでしょう」
この黙祷は、アレスの死を自殺だと示すためのものであった。
事故や事件ではなく、自殺……自らを地へと堕とすとはそういう意味なのだとクリスティアは察する。
彼女が見た、第三者の影は重要視されていないのか、もしくは無い者とされたのか。
神聖国としてはそういった者はいなかったというのが総意のようだ。
「さぁ、暗いばかりお話しは止めにして晩餐を楽しみましょう」
もしかするとクリスティアの見間違いということもある。
なので確かな証拠のない今は第三者の存在をこの場で言及することはなく、賑やかとは言い難い晩餐が再開する。
イオンに近付きたいレアは必死に話しを振り媚びへつらう。
この先の貢献についての具体的な取り決めを交わしたいイオンはユーリへと意見を問う。
それに当たり障りなく返答をするユーリ。
食事が進まないデイジアと彼女を心配するアメット。
我関せずで礼儀正しく食事をする雨竜に、酒はないのかと不満げに料理を突っつくアデス。
そしてそんな皆を緋色の瞳で見回すクリスティア。
料理のサーブは見習いであろう若い修道者達が行っており、ジベルはイオン専属のお世話係のようだ。




