各国の招待客②
「お二人は、仲がお悪いのですか?」
「あれはじゃれ合っているのです。気にされずに参りましょう」
飛び散る火花でドレスが燃えそうだ。
いつまで経っても席へと向かえないことに呆れながら、クリスティアが雨竜へと手を差し出せばそれに答えて彼も腕を差し出す。
エスコート役の交代である。
なんだか分からないが雨竜にとっては役得なので、騒ぎ立てずにこっそりと、対立する二人から離れて席へと向かう。
雨竜はクリスティアの席の左隣だ。
先に来ていたので場所は把握済みである。
椅子を引き、クリスティアを席へと座らせれば反対側、クリスティアの向かい側の席にアメットが座り、その隣にデイジアが座っている。
二人は体を斜めにして互いに向き合うようにして座っており、俯くデイジアを心配そうにアメットが覗き込み、その両手を握っている。
クリスティアが座ったことに気付いていないようだ。
「お二人とも、大丈夫でしたか?」
「「クリスティー様!」」
声を掛けられて、ハッとしたように顔が上がる。
デイジアの顔色はあまり良くない。
「体調が優れないようでしたら部屋でお休みしても問題ないかと思います。きっと皆様ご理解してくださいますわ。宿泊はどちらに?」
「この城の二階です。私も、食事は部屋に変更してもらおうと言ったのですが……」
「いえ、大国の皆様が揃う折角の機会ですから大丈夫です。食欲はあまりないですけど……」
心配するアメットへと空元気であろう、疲れたような笑みを浮かべるデイジア。
来て早々にあのような光景を見ることになったのだ、公国を背負うプレッシャーとも相俟って気分は最悪のはず。
「無理をなさらないでね。辛かったらいつでも退出をしても構わないのだから。もし気まずかったらハンカチで口を押さえてくださったら、わたくしがきっかけを作りますわ。共に休憩室へと参りましょう」
「ありがとうございますクリスティー様ぁ」
こういった場に多く参加した経験があるのだから、頼ってくれて構わないと微笑むクリスティアの優しさに、瞳を潤ませるデイジア。
この場にアメット以外の味方がいると分かり気が楽になったのか、顔色が少し良くなったところで、チリンという甲高い音色が会場に響く。
音が鳴った方向を見ればアメット達を案内したジベルが小さなベルを持って入り口に立っている。
その後ろから、老齢の男性が入ってくる。
皺が刻まれた眦に細められた瞼から覗く黒い瞳、丸顔の好々爺といった風貌の白いカズラを身に纏ったその男性は現教皇聖下であるイオン・ケトロスだ。
席に座っていた者達は皆、主賓の登場に椅子から立ち上がる。
「皆様、遠いところからお集まり頂きましたことを感謝申し上げます。どうぞ楽になさってください」
低く威厳があるが優しい声音で、笑みを浮かべたイオンは入り口近くでいつまででも啀み合っていたユーリとアデスを見て、手を上げて席を示す。
彼らがわざわざ出迎えてくれたと思ったのかもしれない。
全く違う理由でその場にいたユーリは気まずげにイオンへと頭を下げるとクリスティアの隣に向かって足早に向かう。
アデスは教皇の前でも我が道を行くで、自分の席が分からないというように視線を左右に動かしているので、隣のデイジアが気を利かせて小さく手招きをする。
皆が自分の席に立ったのを見て、ジベルに案内されながらイオンが一番奥の席へと向かう。
ユーリはその間、クリスティアへといつ居なくなったんだと非難がましい視線を向ける。
だがじゃれあいに興じてクリスティアを放置したのはユーリなので、無視である。
ユーリの向かい側には、雪のように真っ白な肌とショートの髪、青みがかった灰色の丸い瞳の青年、ともすれば少年に見える男性が立っている。
彼はペルボレオ国の国王であるレア・ネモイ。
そして齢は40歳、幼く見えても5人の子持ちである。
席順は神聖国への貢献度が大いに繁栄されているのだろう。
ラビュリントス王国は大国とだけあって信者が多く居るので、本人達の信仰心よりも貢献度合いから教皇の席に近く。
反対に多神教である黄龍国や自然信仰の強いリュビマ王国は、教皇から一番席の遠いとなっている。
イオンが席に着いたのを見て、皆も席に座
る。
「このような特別な席を我らのために設けてくださったことを、心より感謝申し上げます教皇聖下」
まず口火を切ったのはレアであった。
この中では一番の信奉者である彼は、心よりそう思っているのだろう。
頭を垂れてイオンに敬意を表す。
「いいえ。このような急な呼びかけに応じて下さったことを、わたくし共のほうが感謝を申し上げなければなりません」
殊勝なレアの態度にイオンは微笑む。
その様子を見たアデスだけがケッと息を吐いて嫌そうに顔を歪めている。
一国の主が他国の主に媚びへつらう態度を取るなんて考えられない、まるで属国にでもなったかのような振る舞いではないか。
国の民達が知れば落胆するような態度を取るなんて気に入らない、ユーリのように強かに嫌味を返してくる者のほうが余程、国を担う者として十分立派な振る舞いだと、アデスは心の中で毒突く。
そんな謙遜と傍観、博愛と苛立ちの中で食事が運ばれてくる。
前に並ぶパン以外は腹の足しにもなりそうにもない前菜。
アデスがメインはなんの料理かサービスする修道女にコソコソと聞き、それが肉ではないことに絶望している。
待ち受けるのは菜食メインのフルコース。
まずは薄茶色の古い陶器の水差しを持ったジベルがイオンの隣に立ち、準備されている杯に透明な液体を注ぐ。
そしてユーリから順番に、同じ水差しから杯へと液体を注ぐ。
注ぎ終わると、ジベルはそのままイオンの後ろへと立つ。