各国の招待客①
『まず招待を受けていただいた皆様とご一緒に、晩餐を楽しみましょう』
そんな教皇からの伝言が、修道者からもたらされたのは日没間近の時間であった。
白銀に近い青みがかったローブデコルテのドレスにレースで覆われたオーバースカート。
アクセサリーは程々に、だが神聖国から産出されたカラーダイヤをちりばめて、過度に煌びやかではなく、品よく慎ましやかに装ったドレスを身に纏っているクリスティア。
隣でエスコートをしているユーリも、同じ色で合わせたタキシードを着ている。
あの事故が起きた鐘塔の先、大聖堂に隠されるようにして建つオリュム王国の旧王城であり、現教皇の住まう城。
辺りが薄暗いこともあり、不気味に見下ろすその城の入り口に立っていた案内役の修道女はまるで亡霊のようであった。
「こちらが晩餐会場でございます」
「まぁ、素晴らしい絵画ですわね」
静まり返った城内を進み、重厚な扉が開かれた先の晩餐会場。
見上げれば多くの天使達が舞い降りてきているかのような天井画があり。
部屋奥の壁面には後ろを向いた黒い髪の女性が両手を広げて輝く光を受け止めている。
よく見れば天使達は皆、その女性へと向かって手を伸ばしている。
開口一番感嘆し、絵の女性をクリスティアがじっと見つめていれば、微笑んだ修道女が説明を始める。
「こちらは著名な画家であるエイミー・レイルの作品です。レイルは世界中を旅し、多くの宗教画を残した作家として知られております。この部屋は彼女の最大の作品で、部屋全体を大きなキャンバスに見立てて、聖女様が神の世からこの世界へと降臨された様を描いております」
「……そうなのですね」
「一説ではレイルは聖女様の亡き後、その力を受け継いでいたともされており。尊き力を絵に込めて人々を守っていたとも伝えられているのです」
修道女が祈るように両手を握り、惚れ惚れとするような声を上げて説明をする。
確かに、美しい宗教画だ。
だがクリスティアには、聖女が元いた世界を捨ててこの世界へと向かっているようには見えなかった。
何処か異界の世界から降臨したという聖女。
彼女は元いた場所へと帰るために……その光りの中へと向かって歩いているのだ。
この世界を捨てないでと引き留める天使達を、振り返ることはなく。
「席は、向かって右側の席となっております。教皇聖下の左側ですね。名札のプレートがございますので、そちらにお座り下さい」
案内してくれた修道女がそう言うと頭を下げて去っていく。
会場の中央には魔法道具のランタンが浮遊し、晩餐の準備が整えられた白いテーブルクロスの敷かれた一卓のロングテーブルと、数脚のハイバックチェアが並んでいる。
示された自分達の席へと向かおうとしたクリスティアとユーリ。
だが突如として、クリスティアをエスコートしていたユーリが弾き飛ばされる。
「うっ!」
「アタシのリュク・シー!クリスティー!!」
下手に踏ん張ればクリスティアが怪我をするかもしれない。
そう考えてエスコートの腕を離し、ユーリだけが弾き飛ばされたのは英断であったであろう。
二人の間に割って入ってきたのは長身女性。
適度に筋肉の付いた色黒の肌、挑発的に真っ赤なマーメイドラインのスリットの入ったドレス。
頭上で一つに束ねた長い髪を揺らしながらクリスティアの腰を引き寄せて、躍るように一回転する。
「リュビマ女王陛下、公的な場ですわ。礼儀を重んじてください」
「むっ」
わたくしの婚約者を弾き飛ばしております。
抵抗することなく、その回転を受け入れたクリスティアは常とは違い堅苦しく公式的な名で彼女を呼ぶと同時に、咎める眼差で見上げる。
ラビュリントス王国から見て南に位置するリュビマ王国は砂漠と太陽、そして勇ましい戦士達国。
独自の言語を話す好戦的なその国の女王である、アデス・リュビマはその眼差しを受け、床に手を付いたユーリを見るとフッと鼻で笑う。
勿論、弾き飛ばしたのはわざとである。
「これはこれはすまなかった、ユーリ・クイン王太子殿下。ソナタの横にある輝かしいリュク・シーに気を取られて、小さきソナタが視界に入らなかったのだ。砂漠の旅ではリュク・シーを見失えば死に繋がるのでな。大国のように広い領土でアタシの無礼も許しておくれ」
アデスは背が高く193センチある。
お辞儀をするフリをして威圧感を持ってユーリを見下ろす。
先程の言葉の意訳としては、お前は身長が低くて存在感も薄い、クリスティアがいなければ無いも同然の存在だ。である。
そしてその意訳を汲み取ったユーリは頬に青筋を浮かべて立ち上がると、上等だと言わんばかりにニッコリと微笑む。
この喧嘩を受け流せるほど、ユーリはまだ大人ではない。
「勿論ですリュビマ女王陛下。浮かぶ星が全て見渡せるほどの砂漠に輝く一番星に、目を取られるのは必然です。乾いた地ではそれがオアシスへと続く目印となるのでしょう。その身が乾ききる前に潤いを求めるのは致し方ないことです」
意訳としては、小さい領土しかないから星ばかり見てるんだろうし、砂漠しかないから脳味噌も干涸らびて視野が狭くなっているんだろう?である。
ただし、双方の意訳はあくまでも互いがこれは悪意だと受け取ってのものである。
「ははっ、どれ。久しぶりに会ったのだから挨拶に握手をしようか王太子殿下」
「王国式の最敬礼は握手ではございませんので、女王陛下に握手などとんでもございません」
その剛腕で手を握り潰されては堪らない。
差し出された手を握り返さずに胸に手を当てて頭を軽く下げたユーリに、アデスの頬にも青筋が浮かぶ。
バチバチバチっと二人の間で火花が飛び交う。
先に来ていた雨竜がクリスティアの姿を見て近寄ってきたのだが、なにやら漂う不穏な雰囲気に足を止めると、クリスティアへとこの雰囲気は何事かと小声で問う。