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青の離宮⑤

「それが良いことなのか悪いことなのかは、神のみぞ知るなのでしょうけれどね。どうです?お手本として我が国から警察組織をお呼びいたしますか?伯父様なら喜んで、人を寄越してくださるはずですわ」

「越権行為も甚だしいだろう。それに、警察組織はなくてもそれに近い組織はあるだろから。そういった者達に任せるべきだ」


 侵略も領土拡大戦争もない平和な世の中。

 わざわざ神の国を謳う場所へと王国の人材を送り込むだなんて。

 まるで緩やかな侵攻だと、神聖国もだが他の国をも刺激するかのような馬鹿な真似はしない。


 この話の流れでクリスティアにも首を突っ込むなと忠告しようとしたユーリだったが、その声を掻き消すように、妙に間延びした声が廊下から響く。


「ジョーズたいちょーー何処っすか?此処っすか?」


 コココンコンコン。

 随分と軽快なリズムで、扉がノックされる。

 その音と声に、慌てたジョーズは皆に一礼すると扉へと駆け寄る。


「ライル!無礼だろう!」

「えぇ……なんでっすかぁ……あっ」


 薄く扉を開いた先、ジョーズに小声で窘められた部下が唇を尖らせて部屋の中を見る。

 そこに居るユーリとクリスティアという顔ぶれを見て、やべっという顔をするとすぐさま顔を引っ込める。


「構いませんわジョーズ卿。どうぞ入っていらして」

「えぇ……いいっす、いいっす、あいててて!」

「いいから入れ!申し訳ございません」


 まさか中に入れと言われると思わなかったのだろう。

 困惑した声を上げて男は遠慮するが、ジョーズに耳を掴まれ引きずり込まれる。


 赤茶色のショートの髪に真ん丸としたグレーの猫目、薄い唇を尖らせながらこんなつもりではなかったのだろう。

 不満を表すように、ブツブツと文句を連ねる。


「もぉーー隊長に報告に来たのに居ないもんだから、探してただけなのに。なんかお邪魔したみたいで、すんません。隊長が部下に仕事を押しつけてサボってるのかと思ったんっす。隠れん坊みたいに手当たり次第、扉をノックして回ってたらこの部屋にぶち当たって……あっ、ライル・ポーロックっていいまーーす。ライルって呼んで下さーーい」


 背筋を伸ばしてピッシリと立つジョーズの横、やや猫背気味の背を丸めてライルは頭を下げる。

 田舎のチャラいヤンキーみたいだ。

 アリアドネの第一印象である。


「お前じゃあるまいしサボるわけないだろう……本当に、申し訳ございません。腕は良いのですが礼儀がなっていなくて」

「へへっ、腕一本でのし上がってきたもんで。まだ礼儀が追いついてないんっす」


 腰にある剣と魔法銃を軽く叩いて、大目にみてくださいっと茶目っ気にウインクするライルに、ジョーズの胃がキリキリと痛む。

 ライルは誰に対してもこのような態度なので、一部の貴族達からは無礼だと反感を買っている。


 ライルが配属された日から、ジョーズの頭が下げられる一日の回数は両手と両足の指の数に収まらないくらい格段に増え、胃薬が手放せなくなった。

 ストレスの根源である。


「ふふっ、問題ないわ。ジョーズ卿がお認めになられているなんて、ライルは優秀ですのね。それにこのような私室の場で礼儀など、堅苦しいだけですわ。そうでしょう殿下?」

「そうだな、楽にしてくれて構わない」

「感謝しまーーす」


 クリスティアの寛大さは女神のようである。

 追随して頷いたユーリに、助かったと喜ぶライラと深々と頭を下げるジョーズ。

 今日の彼の胃薬は不要なようだ。


「それで、何故お前が此処にいるんだ?現場に立っていろと言っただろう」

「いやぁ、神聖国の警備隊の奴らが来て変わるってしつこくてぇ。揉めるのもなんだし任せてきちゃいました」


 仕方がなかったんですと眉尻を下げて困った風を装っているが、ライルの性格はよく知っている。

 絶対面倒だったからこれ幸いと、押しつけて逃げてきたのだ。


「警備隊の方は、ご遺体をどうなさるとおっしゃってましたか?」

「治療院の地下に保管するって言ってましたよ。遺体安置室みたいなのがあるみたいっすね」

「検死はなさるのでしょうか?」

「しないんじゃないっすかね。アイツらはなっから、事件っていうより事故で処理しようとしている感じでしたし」


 聖なる神の国で殺人事件が起きるだなんて、考えてすらいない。

 人の欲というものを侮っているのだと、ライルは呆れたように肩を竦める。


「亡くなった赤の大司教のお名前はお分かりになられますか?」

「えーーと確か、アレス大司教っすね。一人、部下みたいな奴が来て。遺体に縋り付いてアレス大司教様ーーって言って泣き喚いてたんで」


 耳を劈くのではないかというほどの大きな喚き声は中庭に反響して、神聖国に響き渡るのではないかと思うくらいだった。

 まだ耳の奥に残っている気のするその声に、ライルは耳の穴に指を突っ込んで眉を顰める。


「そう、ありがとうライル。来て早々に大変だったでしょう?ジョーズ卿がよろしければ少し休んでもらっても構わないわ」

「マジっすか!いいっすよねジョーズ卿!いやぁ流石、王太子殿下の婚約者様!そのお優しさは聖女の存在も霞むっす!」

「ふふっ、クリスティーと呼んでくさって構わないわ」

「はい!クリスティー様!では、休憩に入りまっす!」


 良いとも悪いともジョーズは言っていないのだが。

 ウキウキと浮かれながら去って行くライルを止める気にもなれず、その背を見送ったジョーズは疲れたように眉間に皺を寄せると指で押さえる。


「本当に申し訳ございません。よく言い聞かせておきます」

「まぁ、いいのよジョーズ卿。素直で可愛いらしいのだから。あなたも適度に休んでね。暫くは神聖国側も混乱して、何も決まらないでしょう。今回の招待の件も、どうなるか分かりませんから」


 大司教クラスの死ならばそれなりの期間、喪に服すことになるだろうし、祝い事は避けるはずだ。

 とはいえ死に方が死に方なので、通常の儀礼とは異なるかもしれないが。


 どちらにせよ招待を受けたパーティーがどうなるのかは分からない。

 神聖国側がどうするつもりなのか、その推移を見守らなければ動くことは出来ない。


「幸先が悪すぎるな」

「これからどうなりますかね?」


 深い溜息を吐くユーリに、心配そうに眉尻を下げる雨竜。

 クリスティアだけは平然と……いや、少し浮かれた気持ちで。

 持ち上げたティーカップの紅茶を飲む振りをして、浮かぶ笑みを隠したのだった。

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