青の離宮③
「荷解きは終わりまして殿下?」
「あぁ、すっかり片付いて我が家のようだ」
ユーリも青の離宮が宿泊場所である。
二階のフロア全体がクリスティアの宿泊場所で三階のフロア全体がユーリの宿泊場所。
主要な出入り口には全て警備兵が立っている。
当たり前のように許可を得ずに、クリスティアの隣に腰を下ろすユーリに雨竜の眉がピクリと動く。
春の陽気が嘘のように、机を挟んだ二人の間に吹きすさぶ冷たい風。
寒っと腕を摩り小さく呟いたアリアドネが開いていたテラスの窓を閉める中、クリスティアは気にせず話しを続ける。
「アルテ大司教を呼びに来られた修道士は、なんとおっしゃっておりましたか雨竜様?」
「中庭で事故があったと。えっと、確か……赤の大司教が転落したとおっしゃっていました」
「赤の大司教?」
「はい、そうおっしゃっていました」
それは後少しで黒の離宮に到着するという頃。
真っ青な顔をしてアルテを呼びに来た修道士が、赤の大司教の鐘塔から転落したことと、それを王国と公国の来賓者達が目撃してしまったこと、鍵を持ち急ぎ鐘塔へと来て欲しい旨をイーデスから言付かったと伝えに来た。
それを聞き、アルテは雨竜に案内を離れる謝罪をして、慌てて事故現場へと向かって行ったのだ。
雨竜の話しではつまり、あの像に突き刺さったのは赤の大司教だということ。
一体どんな理由があって大司教ともあろう者が鐘塔から転落したのか。
クリスティアは自分が一瞬見た、屋上に立つ逆光に照らされた黒い人影を思い出していれば、開いた扉から困った様子のジョーズが顔を覗かせる。
クリスティアと目が合うと、更に申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ジョーズ卿、戻られたのですね」
「はい、申し訳ございません。殿下がこちらにいらっしゃると侍従にお伺いいたしまして……扉が開いたおりましたのでお話しの腰を折るのもどうかと顔を覗かせてしまいました」
「いいえ、問題ないわ。事態は収束いたしましたか?」
部屋を覗くという無礼な振る舞いに、頭を掻いて申し訳なさそうに眉尻を下げるジョーズにクリスティアは微笑む。
扉は開いていたのだ、ノックの仕様もない。
「えぇ。部下に任せても問題ないと判断いたしましたので、ご報告に参りました。事態が事態でしたので、数名の騎士を現場に立たせております。おっと」
騎士は事件を捜査する警察組織とは違うものの、事件現場が荒らされないように警備として立つことも多い。
特にジョーズはユーリの護衛隊長だ。
婚約者という関係性上、クリスティアと関わることも多いので、現場保存の重要性は十分に理解している。
ジョーズの肩に乗っていたミサがその髪の毛をクイクイと軽く引っ張り、下へと下ろすことを要求する。
要求通りに掌を差し出してミサを乗せたジョーズは礼儀正しく、片膝をついてクリスティアへとミサを帰す。
「ありがとうジョーズ卿。ミサ、現場の撮影は問題はなくって?」
「バッチリです!再生しますか?」
ジョーズからクリスティアの手へと飛び移り、元気よく頷いたミサの返答。
そして続いた問いに、クリスティアは瞬間悩む。
ユーリや雨竜が居る前で事件現場の映像を見るべきかどうか。
クリスティアに問題はないが、あのような凄惨な光景を映像とはいえ間近で見れば、気が滅入るかもしれないと二人を見れば。
二人ともクリスティアとミサをじっと見つめている。
「私はなんの問題ございませんクリスティー様」
「一人でなんて見せるわけないだろうクリスティア」
「そうですか?ではルーシー、準備をしてくれる?」
「畏まりました」
紳士二人が平気だというならば、その言葉を信じよう。
クリスティアがルーシーを見れば、彼女は鞄の中から折りたたんでいた二本の棒を取り出すとそれを縦に長く伸ばす、そして皆が座るソファーの端と端に一本ずつ立てる。
そうしてその立てた棒に、一枚の白く大きなシーツを巻き付けて皺がないように張る。
それを見てアリアドネが扉とカーテンを閉めれば、まだ明かりを点けていなかったので室内は薄暗くなる。
「なんだそれは?」
「移動式の映像再生機です。エヴァン先生に作っていただきましたの」
「……彼は君に余計なモノを与えすぎるな」
学園の教師であるエヴァン・スカーレットは優秀なる魔具師。
ミサを作ったのも彼であり、クリスティアに事件解決に便利な魔法道具を色々と授けているのも彼だ。
どうやらこれはミサが録画した映像を映し出すためのスクリーンらしい。
どんどんと魔法道具がアップグレードされている。
役に立つ魔法道具を開発してくれているので、危険がなければエヴァンのすることは放任していたが。
いい加減、注意をするべきかとユーリは悩む。
とはいえ注意したとてではあろう。
なんといったって彼は、クリスティアに矢鱈甘すぎるのだから。
「では、再生します」
机の上に移動したミサが右手を挙げてスクリーンへと向かって飛ぶと、そのまま中へと吸い込まれていく。
アリアドネはなんとなくの想像で、ミサの目がプロジェクターの役割をするのだと思っていた。
両目が光ってスクリーンに映像が映し出される、それも古いフィルム映像の無音声のようなものを想像していたのだが。
ミサの目は光らずにスクリーンに吸い込まれたし、映し出された映像は思っているよりクリアで、音声も付いている。
懐かしきテレビを見ているようで、感動する。
鬱屈とした仕事仕事の日々の中で癒やされていた休日、日曜日の午前中に放送されていた幼児向け番組の最終回はどうなってしまったのだろうか。
アリアドネはフッと、そんなことを考えた。