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青の離宮②

「螺旋状の階段は狭く。人が二人、ギリギリ並んで通れる広さの一本道で、最上部へと上るまでの間に人とすれ違うことはございませんでした。イーデス大司教達は最上階まで上ったのち、男が飛び降りた屋上へは向かわず、階上にある部屋へと真っ直ぐに向かい、扉をノックしておりました」

「中に誰かがいたのね?」

「はい。中に居たのは、恐らく聖女かと」


 汚れてヒビの入った古い螺旋の階段に、壁には等間隔に配置された四角形の窓が格子で十字に仕切られ所々錆びている。

 反対の壁には明かりの灯っていない溶けた蝋燭が窪んだ穴の中に残されており、放置されて幾日も経っていると分かるこんな所に、人が居るのかと驚くほどにホラーチックな内装であった。


 聖女という単語に自分のことを言われたわけではないと分かっていても、アリアドネの心臓がドキリと跳ねる。

 本当にもう一人の聖女が居るのだ。

 一体どんな姿をしているのか、早く知りたいとルーシーの続く言葉をドキドキと逸る気持ちで待つ。


「聖女様、いらっしゃいますか?とイーデス大司教が声を掛け、中からは若い女性の返事をするような声が薄らと聞こえました……ですが」


 もっと豪奢な部屋を与えられて崇め奉られるように、聖女はいるのだと思っていた。

 だが実際はこの薄暗い鐘塔の部屋に閉じ込められている、まるで囚人であるかのように。


 イーデスは部屋に向かって聖女様と声を掛けていたが、本当にこの中にいるのは聖女なのか?

 半信半疑ながら様子を窺っていたことを思い出しながら語っていたルーシーだったが、途端に申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「実は、その後に一人、別の人物が下から現れてしまい……一本道でしたので逃げることも出来ず、声を掛けられてしまいました。恐らく衣服からして同じ大司教かと思います。イーデス大司教にも知られたので、中を確認する前にその場から離れるしかありませんでした」

「そうだったのね、怒られなかった?」

「はい、上手く誤魔化しましたので」


 このような事態になり警備体制に不安があったので、侍女として主を安心させるべくなにが起きたのかを把握をしておくべきかと思い付いて参りました。イーデス大司教には一言、お声をお掛けしたのですがお急ぎだったようで聞こえてなかったようですね。申し訳ございません。では失礼します。


 淡々と捲し立てるルーシーの饒舌に、イーデス達は口を挟めずにただ口を開いたまま唖然としていた。

 そうして大司教達の頭が血流を得て考えを巡らせる前に、ルーシーはさっさとその場から逃げ出したのだ。

 あの部屋の中に本当に聖女がいたのか、最後まで確認できなかったことを申し訳なさそうに報告する。


「分かったわ、ありがとうルーシー。暫くはあなたのことを大司教達が警戒するでしょうから、わたくしから離れないでね?」

「畏まりました」


 丁度話し終わったところで、コンコンとノックの音が響く。

 ユーリが荷解きを終えて会いに来たのだろうか。

 事件に関わるなと釘を刺しに来たのかもしれない。

 面倒から一瞬、沈黙したクリスティアだったが、無視するわけにもいかないので返事をする。


「……はい」

「あの、雨竜です……入っても構いませんか?」

「まぁ、雨竜様。どうぞお入りになられて」


 ユーリではなかったことに一安心したクリスティアは、扉に向かって柔らかな声を掛ける。

 主と同じくソファーに座っているのもなんなので、立ち上がったアリアドネが扉を開けば、雨竜が緊張した面持ちで扉の前に立っていた。


 ここへはユーリの侍従に案内されたのだろう。

 急ぐように去って行く後ろ姿が横目の端に映りながら、扉は開いたままにして中へと案内する。


「すいません、急に訪問してしまって。中庭の件を聞いたものですから心配で……大丈夫でしたか?」

「酷く驚きましたが問題はございませんわ。お心遣い感謝いたします」


 案内され、クリスティアの向かい側のソファーへと座り心配気に眉尻を下げる雨竜に、クリスティアは胸に手を当てて大丈夫だと微笑む。

 雨竜はクリスティアにとても礼儀正しいのでルーシーの評価は上々だ。

 だが黄龍国でクリスティアが危ない目にあったことには不満があるので、可も不可もない紅茶が入れられる。


「雨竜様はどちらの宮にお泊まりなのですか?」

「私はこの離宮より奥にある黒の離宮と呼ばれている場所で過ごすことになっております」


 大聖堂から出て、信徒達が散策や休息をしている大きな噴水のある広場を通り、暫く歩いた先にあるのが黒の離宮。

 それは元は王太子宮であった宮である。


「事故があった現場を通ることはなかったので目撃はしていないのですが、アルテ大司教を呼びにきた修道士から事情をお聞きして……クリスティー様が丁度、目撃することとなったと聞き、本当に驚きました」


 だから荷解きも早々に、雨竜はこうしてクリスティアの元へと駆けつけたのだ。

 長旅で疲れているというのにあんなことが目の前で起きて、気を弱らせているかもしれない。

 体調を崩しているかもしれない。

 そう、考えたのだが。

 そんな雨竜の心配を余所に、本人は何事も無かったかのようにケロッとしているので、それが杞憂であったことが分かり安堵する。


「そうだな。私も随分と驚いたよ」


 顔を見合わせて朗らかに微笑み合うクリスティアと雨竜。

 そんな二人の和やかであった空気は扉から響いた声に壊される。

 そこにはぶすっと不機嫌そうなユーリが扉に身を預けて立っていた。


 どうやら雨竜を案内した侍従がユーリに急ぎ、報告したらしい。

 クリスティアだけが目撃者ではないというように、『私も』という言葉を随分と強調して部屋へと入る。

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