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第一の悪魔④

「大聖堂の入り口がそれぞれ別であることに、なにか意味はあるのですか?」

「こちらは聖女信仰の中心地となりますので、各国の信徒達がお集まりになられる場となります。信徒の皆様にはご不便がないように、それぞれの言語でのご案内が出来るよう、入り口を分けさせていただいております」

「へぇ、それは考えられているな」

「全ては思慮深き聖女様のお導きでございます」


 中庭を挟んで向かい側の廊下、少し先をアメットとデイジアがジベルと談笑しながら歩いている。

 そんな廊下を真ん中まで進んだとき、不意にカランカランと甲高い鐘の音が響き渡る。

 大聖堂の鐘の音にしてはなんだか少し荘厳さが欠けている軽い、高い音。

 イーデスにこれがなんの音なのかクリスティアが問おうとすれば、彼も驚いた表情を浮かべて頭上を見上げている。

 その、視線に釣られてるようにしてクリスティア達も視線を上へと向ける。

 丁度太陽を背に隠し、逆光の中にある小さな鐘塔。

 向かう先にあるその鐘塔の最上部、ぶら下がっている鐘が揺れている。


 あの鐘が鳴っているのだ。

 そう、皆が理解した瞬間。

 その暗がりから、なにかが落ちてきた。


 太陽の光から逃れるように、だが太陽に向かって手を伸ばしながら、落下。

 それはドサリと地面には……落ちなかった。

 ドンッともグサッとも言えるなんとも形容しがたい音を中庭に響かせて、真下にあった像のランスへと、突き刺さったのだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 仰け反るようにぶら下がる体。

 ランスから真っ赤な血が伝い、地面へと流れ落ちていく。

 眼前でその光景を目撃することとなった一人の修道女が両手で顔を覆い、叫び声を上げて尻餅をつく。


 鐘塔から人が落ちてきた。

 人が落ちて、ランスに突き刺さった。


 唖然とした気持ちで辺りを見回したユーリの視界に、デイジアを抱き締めてその視界を隠すアメットの姿が目に入る。

 そうだ、こんな、こんな光景をクリスティアに見せるわけにはいかない。

 クリスティアの視界を塞ごうと彼女へと視線を向けたユーリだったが、彼女は怯えた様子も、目を逸らす様子もなく。

 真っ直ぐに人の突き刺さった像を見つめていた視線を再び上へと向けると、鐘塔へと向かって腕を伸ばし人差し指を差す。


「誰か、あの塔にいらっしゃいますわ」


 ユーリとイーデスがその言葉に冷や水を浴びせられたかのような気持ちになり、反射的に鐘塔を見上げる。

 だが、逆光に照らされている鐘塔には誰もいないように見える。

 そう、誰もいないが……それが由々しき事態であることは明らかであった。


「も、申し訳ございません。この先を真っ直ぐ行った入り口でお待ち頂いてもかまいませんか?私は急ぎ、この事態の確認をして参ります。別の者に案内を申し伝えておきますので、改めてお迎えに上がります」

「えぇ、勿論ですわ。わたくし達のことは気になさらないで下さい」

「我が国の騎士が、庭の事態を収束させても構わないか?」

「も、勿論です。お願いいたします」


 この悲劇が信者達の目に触れない場所で起きたのは幸いであった。

 焦り、動揺するイーデスがユーリの提案を深く考えずに頷くと、慌ただしく鐘塔へと向かって去って行く。

 そのイーデスの背を見送り、ルーシーに目配せをしたクリスティア。

 主の視線を受け、ルーシーはその後を追っていく。


「ジョーズ卿、現場保存を頼んだ」

「ジョーズ卿。共にミサを連れていってくださる?」

「……畏まりました」


 早速、庭の事態を収拾するために慌ただしく動き出すラビュリントス王国の護衛騎士達。

 ユーリに指示されて指揮を執る護衛騎士隊長であるジョーズへと、クリスティアは自らの肩に現れた手のひらサイズの小さな少女を差し出す。


 魔法道具であるミサである。

 ジョーズは受け取るべきかどうか少し逡巡した様子だったが、拒否したとてなので極力ユーリの方向を見ずにミサを受け取る。

 見なくても分かる、ユーリはきっと断れという視線を送っているはずだ。

 だがジョーズにクリスティアの意志を曲げることは出来ない。

 ミサを受けとらなければ、自らが行くと言い出すだろう。

 主君に対して申し訳ない気持ちを抱えながら、ミサを受け取り肩に乗せたジョーズは現場へと急ぐ。

 その後ろ姿を見送り、ユーリは溜息を吐く。


「事件を目撃しただけでは、足りないのか」

「まぁ、殿下。わたくし、細部を直接見ても構いませんのよ?」

「止めてくれ、私の気分が悪くなる」


 デイジアのような反応を期待していたわけではないが、もう少し怯えたりしてもいいのではないか。

 クリスティアのことは理解しているので諦めてはいるものの、せめて平然と遺体を見ようとするのは止めて欲しいと、頭の痛む事態に目頭を押さえる。


 イーデスに言われた通り、向かっていた入り口の前で暫く待っていればすぐに一人の若い修道女が迎えに来る。

 なにが起きているのかの事情は説明されていないのか、ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべた彼女はクリスティア達を元皇后宮であった青の離宮へと案内したのだった。

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