第一の悪魔③
「正直言ってあまり信仰心はないので、気後れしてしまいます」
「ははっ、こういうのは堂々とした者の勝ちだアメット。腹の底など誰にも見えないのだから、何食わぬ顔で神を信じているフリをすればいい。それに我々のような立場の者に求められているのは純粋な信仰心ではないからな」
「嫌味っぽいですよユーリ殿下」
ニヤリと笑ったユーリの横で雨竜が呆れた声を上げるが、偽れない頭は頷いている。
こういう場に慣れている者達からすれば、求められているのが神への信心より寄付金であることを十分に理解しているのだ。
そんな不敬な会話を大聖堂の前で堂々と繰り広げていれば、焦ったような足取りで一人の男性とその後ろから一人の女性が近寄ってくる。
「皆様遠いところを、ようこそおいでくださいました。神の下僕、イーデスと申します。この度、教皇聖下よりラビュリントス王国の皆様のご案内を仰せつかっております。申し訳ございませんお出迎えが遅くなってしまい」
「あぁ、よろしくイーデス」
「大司教、自らお出迎えくださるなんて感激ですわ」
真っ白なアルバの上に青いカズラ、クリーム色の髪を隠すミトラを被った40代くらいの男性、イーデスはクリスティアとユーリに向かって頭を垂れる。
そしてその隣、青色が赤色に変わったカズラを身に纏っている30代半ばの女性は一つに縛った薄灰色の髪を頬へと流すように、雨竜へと向かって頭を垂れる。
「神の下僕、アルテと申します雨竜帝。貴殿のご案内役はわたくしが勤めさせていただきます」
「皆と一緒ではないのですか?」
帝国語を流暢に話すアルテに驚きつつも、わざわざ二人の大司教の案内がそれぞれで必要なのかと戸惑う。
雨竜は幼い頃、ラビュリントス王国で過ごしていたので王国語に不便はない。
アメットやデイジアも然りだ。
言葉の問題で気を遣っているのならば、必要のないこと。
「我ら大司教は決められた区域がございます。イーデスは青の区域であるラビュリントス王国を、私は黒の区域である黄龍国を担当させていただいております。大聖堂への入り口もですがご宿泊していただく宮も区域事に分かれておりますので、ご理解下さい」
「そうなんですね」
手を上げ示された大聖堂の入り口は5カ所あり、中央の大きな入り口の左右に小さな入り口が2カ所ずつある。
どうやら言葉だけの問題ではないようだ。
ということはクリスティアとは一緒にいられないということかと、しょんぼりと肩を落とす雨竜。
ホテルでの勤務経験から、つたないながらも帝国語を理解するアメットも困ったように声を上げる。
「あの、では私達の案内も別なのでしょうか?」
「公国は白の大司教の担当区域となっております。只今、白の大司教はペルボレオ王国の国王陛下をご案内しておりますので……あっ、マザー・ジベル。大変申し訳ないのですが、公国の王太子ご夫妻をご案内してくださいませんか?」
「畏まりましたイーデス様。王太子ご夫妻にご挨拶申し上げます。マザー・ジベルと申します」
「宜しくお願いいたしますマザー・ジベル」
丁度近くを通りかかった修道服の50代後半くらいの女性、マザー・ジベルが丁重に頭を垂れる。
こういうとき、アメットは自分が王太子であることを忘れてしまい過去の、ホテルマンとして丁寧な態度を取ってしまいがちになる。
案内があり安堵したのもあるが、不必要に頭を下げてしまうのだ。
マザー・ジベルには好感触であるようだが。
「ではのちほど、お会いいたしましょう」
「えぇ、またねデイジア」
互いに挨拶を交わして、案内人の後をついて皆それぞれ歩いて行く。
クリスティア達はイーデスについて中央の入り口から右隣。
雨竜はアルテについて一番右端。
アメットとデイジアはマザー・ジベルについて中央の入り口の左隣を通って大聖堂の中へと入る。
修道者や信仰者達が熱心に祈る祈りの場。
その横を通ってクリスティア達は大聖堂の奥の裏口へと進む。
裏口から出た先は長い廊下であった。
そこに礼拝者の姿はなく、修道者達だけが行き交っている。
ロの字型の中庭は美しく手入れをされた小さな庭園だ。
中央に小さな噴水があり、奥にはランスを掲げた甲冑姿の男が勇ましく馬に跨がっている像が建っている。
その像を見下ろすように、大聖堂の鐘塔よりかは随分と小さい、鐘塔が建っている。
鐘塔からどことなく古さの感じるのは、それが旧オリュム王国から残されている建造物であるからか。
あの小さな鐘塔の先には、亡き王国の王城や離宮が残されている。
それらは今、身分のある者達の宿泊施設となっていた。




