第一の悪魔②
「神聖国は一年中が春の陽気だと聞いていましたが、真実なのですね」
これほど暖かいとは思っていなかったというように。
ユーリの隣で雨竜が羽織っていた茶色のジャケットを脱ぎ、ベスト姿になるとその腕にかける。
雨竜の住まう黄龍国も同じように神聖国からの招待が届いたそうだ。
同じように正当なる血筋の参加を求める内容で。
二つの大国を制限を持って招待したことは、それがなにか重要なパーティーであることは容易く予想ができた。
いや、どうやら招待されたのは二つの大国だけではないようだ。
「クリスティー様!お久し振りです!それにユーリ王太子殿下も」
「まぁ、アメット!それにデイジアも!お久し振りね!」
「二人とも、元気そうでなによりだ」
「はい、お久し振りでございます。つつがなく過ごせております」
一番上だけ止められた腰までのダブルコートのジャケットにズボン、橙色の瞳を嬉しげに細めた青年は、短く切った赤茶色の髪を揺らしてクリスティア達に近寄り、ユーリの手を握る。
そしてその隣、スカートにフリルとレースの施された橙色のローブモダンのドレス姿で茶色の瞳を細め腰まで伸びた白銀色の髪を風に靡かせた女性も嬉しげに近寄り、胸に手を当ててお辞儀をする。
ディオスクーロイ公国の王子と王子妃であるアメット・ストロングとデイジア・ストロングである。
どうやら二人も国の代表者として招待を受けて神聖国へと訪れたらしい。
最初に会ったときはホテルの従業員として働いていた二人だったが、今はすっかり公国を引き継ぐ者としての気品に溢れた姿だ。
「つい懐かしくて親しくお呼びしてしまいましたわ。アメット王太子殿下、この度は立太子をお祝い申し上げます。デイジア王子妃とのご結婚もおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「お祝いの品も沢山頂き、恐縮です」
「本当はもっとお贈りしたかったのだけれど
、殿下に止められてしまって」
「君が贈りすぎると私からの贈り物が霞んでしまうだろう。二人にはクリスティアが随分と迷惑をかけたのだから、礼儀を尽くすのは当然のことだ」
『クリスティアが』の部分が殊更強調されたのは聞き流す。
王国の王太子殿下の婚約者として、礼儀正しく公国王太子夫妻への尊重を持ってクリスティアが挨拶をすれば、こういった格式張った対応はまだ慣れないのか、二人の顔が照れたように赤くなる。
公国で起きたとある舞台の後も、クリスティアはデイジアと定期的に手紙のやり取りをしていたので二人が結婚したことは知っていた。
だが結婚式はあまり派手には行わず、再会できた家族だけで行いたいとの連絡をもらい、その気持ちを汲み取った結果、式に参加できないぶんクリスティアはどっさりと、馬車五台分のお祝いの品を王国から贈ったのだ。
そしてユーリからも同じ分の馬車プラス、むこう十年間の公国から王国への関税の減額という過分なお祝いを贈られ、二人は随分と驚いた。
「これからも王国と公国の仲が友好的であれるように祈っての贈り物だ、気負わないでくれ」
「新婚夫婦に堅苦しいですわ殿下。お二人にお伝えすべきは新婚旅行には是非、王国へいらしてくださいねっというお誘いです。宿泊場所は是非とも我が邸にお泊まり下さい。歓待いたしますわ」
二人は幼い頃、ラビュリントス王国で過ごしていたのだから。
第二の故郷として王国を懐かしんで欲しい。
デイジアの手を取るクリスティアに、彼女の顔が更に赤くなる。
大衆の目がある他国の場。
ユーリは大国として、公国が卑下されることのないように礼節をもった態度を真面目に取っているのだが。
クリスティアは対称的に、友人として夫婦の仲がもっと深まるようにと気楽な気持ちで親切心起こしている。
その親切心がデイジアにとっては余計、恥ずかしい。
「もう!やめてくださいユーリ王太子殿下!クリスティー様!改まってアメットとの関係を周りに言われるのはまだ慣れなくて恥ずかしいんです!それにクリスティー様は私達の恩人なんですから!今まで通りにしてください!」
「もっと言ってやってくださいクリスティー様。外ではいつまで経っても姉の気分が抜けなくて困ってるんです……まぁ、そこが可愛いんですけどね」
「アメット!」
祝福されるのは嬉しいけれども、今までは事情があってアメットとは姉弟として接していたせいでデイジアは照れてしまう。
そんなデイジアの腰を引き寄せたアメットはのろけてみせる。
なんてことを恥ずかしげもなく言うのか!
その頬を引っ張って余計なことを言わないように黙らせようとするデイジア。
姉と弟として偽っていた頃はこうした接触も人目を憚っていたので、誰に隠すことなく公言できることがアメットは嬉しいようだ。
「ふふっ、お二人の仲の良さが見れられて嬉しいわ。こちらにいらしたということは、公国にも大司教からお手紙が届いたのですか?」
「そうなんです、突然手紙が届きまして。父も母も公務が忙しいので代わりに私達が。新婚旅行はお預けです」
残念だと肩を落とすアメット達と一緒に、大聖堂へと向かって庭園を歩きだす。
様々な国から多種多様な人々を受け入れている神聖国。
庭園を行き交う兵士は多少なりとはいるものの、その誰もが信徒達と和やかな談笑をしている。
各国の要人が訪れても誰の出迎えもない。
自由と言えば聞こえは良いが、地位のある者にとっては警備にはあまり期待はできない様子。
まぁ、どちらにせよ警備に関しては自国から騎士達を連れてきているので問題はないが。
クリスティア達の後ろにはジョーズ達騎士が数名付いて歩いている。
花の咲き誇る庭園を通り過ぎれば、まるで天国へと続くかのような真っ白な大階段が現れる。
罪を抱える者はその純白のような白さに、穢れた足を乗せることを躊躇うであろう。
そして大聖堂は、罪を悔い改めよと言うかのように威厳を持ち訪れる者達を見下ろしている。