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第一の悪魔①

「だからね、ペルセポネの実なのクリスティー。聞いてる?」


 風が木々を揺らしている。

 ラビュリントス王国から出立する前、枯れた葉が風によって地面に落ち、道を歩く老女がその冷たさに身を縮こませて歩いていた。

 そんな景色を見ていたせいか、神聖国へと入国した途端に肌身に感じた温かさと様変わりした外の景色にクリスティア・ランポールは顔をほころばせている。


 ガラス窓に淡いオレンジ色のハイウエストラインのドレスが映る先、通り過ぎていく木々は青々と茂っている。

 馬車の中は魔法道具で一定の温度が保たれているお陰で、外の気温は列車を降りた一瞬だけしか感じ取れなかったはずだが、何処か春めく日差しでも感じ取っているのだろう。

 ラビュリントス王国を出る前までは静かだったというのに、今は冬眠から目を覚ました動物のように。

 花の刺繍が鏤められた薄桃色のパフスリープの長袖ジャケット、同色のプリーツカートを身に纏ったアリアドネ・フォレストが元気に話しをしている。


「えぇ、聞いているわ。現代から転移してきた聖女が国を跨いで事件を解決して。恋愛も楽しむというお話し(ゲーム)なのでしょう?」


 神聖国に現れたという新たなる聖女の噂。

 その噂を確かめるべくこの度、訪れることとなった神聖国。

 前世でアリアドネがプレイしていたというアリアドネの糸というゲームと酷似したこの世界、そしてその続編として作られたというペルセポネの実。

 時系列的に言えばアリアドネの糸の前の物語がペルセポネの実らしく。

 この世界に住まう者ならば聖書の内容としてある程度は知っている異世界から来た初代聖女の物語(少し内容は違うが)を、アリアドネが必死に説明している。


 アリアドネがなんだか焦ったような気持ちでゲームの内容を話しているのは、自分が物語を改編したことによってバグのようなことが起きているのではないのかという疑問があるからだ。

 本来、交わるはずのない二つの時系列が混ざり合っている。

 そして異世界から遣わされた初代聖女が持ってきたとされる神の紋章は今、アリアドネが有している。

 アリアドネがこの世界の聖女だというのに、新しい聖女が現れたのは一体何故なのか。


 絶対になにかが起きていると訴えるアリアドネの必死さには、自分が殺されるばかりの物語が道筋としてあるせいかもしれない。

 新たな聖女は、現聖女へと死亡フラグを告げる使者なのではないか。

 役に立たないお前に成り代わる新しい聖女を準備したという、神様からの警告。

 馬車の外の道を行き交う信徒達を見つめていたクリスティアは、不安を内に秘めたアリアドネへと視線を向ける。


「そうだわ、そのペルセポネの実には悪役令嬢はいないの?」


 事ある事にアリアドネが怯える存在、悪役令嬢。

 曰くアリアドネの糸ではクリスティアがその悪役令嬢らしい。

 予め注意すべき人物を知っているに越したことはないので問えば、アリアドネは眉間に皺を寄せた難しい顔をする。


「あーーペルセポネの実はね、リメイクなの。アプリじゃなくてハードで出た作品でね……なんていうか恋愛より推理をメインストーリーにしていたから悪役イコール犯人だったの。明確なライバル令嬢はいなかったからファンからもちょっと不評だったっていうか……盛り上がりに欠けたっていうか……エンディングも特殊だったし」


 クリスティアは前世で使用されていた現代機器にあまり詳しくはなかったので、アリアドネが言っていることはイマイチ理解できなかったが。

 アリアドネが内容を思い出して微妙な顔をしているのを察するに、あまり好みではない内容だったようだ。

 あのエンディングは流石にねぇ……とぶつぶつと一人、アリアドネが呟いていると馬車が止まる。


「到着いたしました」


 御者の声と共に扉が開かれる。

 ふわりと吹き込んできた風に花の甘い香りが芳しく漂う。

 外を見れば陽の光の中で神聖国の庭園には美しい花々が咲き誇り、訪れた者達の目を惹きつけていた。


 神聖国は元々、オリュム王国という滅びた王国の後に建国された国だ。

 表としてある街並みは神聖国になってから整備された部分で、大聖堂を挟んで裏側には王国の名残である王城や離宮がまだ残されている。

 入り口から大聖堂へは馬車の乗り入れが出来ないので、美しい庭園を見ながらの徒歩である。


「ここは相変わらず暖かいなクリスティー」

「そうですわね殿下」


 クリスティアのエスコートのために手を差し出したのはユーリ・クインであった。

 薄手の膝丈の緑色のコート、首元のグラヴァットの中央には銀細工の睡蓮のブローチ。


 聖女の件を知り、神聖国へどうやって行こうかと考えていたクリスティア達。

 公爵家の令嬢であり、王太子殿下の婚約者が意味もなく気軽に他国へと赴くわけにはいかない。

 こういうとき身分というものは邪魔でしかないと悩んでいたところで、神聖国の大司教から王室宛に招待状が届いたのだ。


 特別なパーティーを特別な者達だけを集めて行う旨の招待状。


 是非、国を担う正当なる血筋の者だけの参加を強調したそれに、神の前では平等であることを謳っている国にしては随分と、人を区別しているような内容であると。

 いつもらしからぬ内容にラビュリントス王室の者達は訝しんだ。

 そう、まるで見計らっていたかのように届いた招待状に警戒心がなかったわけではい。

 だが渡りに船であることは確かなので、クリスティアはその船へと乗りこの地へと降り立つ。

 ユーリの手を取り、馬車から降りれば庭園の先に荘厳な大聖堂が望んでいた。

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