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もう一人の聖女

「クリスティー、どうしたの?」


 夜も更けたクリスティアの寝室。

 後はもう寝るだけだったというのにルーシーに呼び出され、寝間着のままでいいからと忙しぎ連れて来られたアリアドネは部屋へ入る直前に大きな欠伸をしたせいでその瞳を潤ませている。


「お休みしていたのに、ごめんなさいねアリアドネさん。少し遅くに情報が届いたものだから。これは、あなたも知っておくべきだと思ってお呼びしたのです。先だってのアスター嬢の言葉を覚えていますか?」

「アスター嬢の言葉?」


 クリスティアも既に寝間着で、薄暗い部屋にはルーシーの他にクリスティアの護衛をしている騎士の姿もある。

 彼女から受け取った書類であろう紙を見ていたクリスティアは顔を上げると、騎士へと視線を向ける。

 彼女はぺこりと頭を下げると、静かに部屋を出て行く。


 その一連の動作をぼーーっと眺めながら、アリアドネは一体なんのことだろうかと考える。

 考えれば考えるほど、ただ眠くなる。


「聖女降臨の話しです。わたくしに事件を解決させるために、アスター譲がリュカオン様より天啓を受けたと。そう、おっしゃっていたでしょう?」

「うーーん、そういえばそんなことを言ってたようなぁ。でもそれがどうかしたの?なんか聖書に書かれていたことでも都合良く利用しただけじゃ?」

「わたくしも、最初はそう思ったのです。ですがそれならば、もっと都合の良いお話しは沢山あったはずです。宝石には色々な噂が付いて回るものです。死を呼ぶ宝石や幸運を呼ぶ宝石なんて噂は、ごまんとあるのですから。呪いを探すのならば聖書を利用するより、そちらを利用したほうが簡単なことでしたでしょう」

「言われてみれば、確かに」

「何故、聖女だったのか?事件に関係あるのかと思い気になったので色々と調べていたのですが、最近ファニキア家の鑑定士が宝石を買い付けに神聖国へと頻繁に訪れているそうです。そしてその神聖国で、ある人物に関する噂が広まっていると」

「ある人物?」


 ただならぬクリスティアの雰囲気にアリアドネの眠気も少し覚めてきた。

 ゴクリと喉を鳴らして緊張感から、体を強張らせる。

 なんとなく、続く言葉は予想している。

 クリスティアが事件を解決する姿をずっと近くで見てきたのだ、アリアドネとて微力ながら灰色の脳細胞が働くようになった。

 けれどもそんなはずはないという疑心が、アリアドネの胸に巣くっている。


「聖女が降臨されたという噂です」


 パッと目が覚めたように、アリアドネの瞼が見開かれる。

 そう言葉が続くであろうとは予想していたが、信じられないのだ。

 アスターの言うことは口から出任せではなかった。

 より真実味を持たせようと、事実を混ぜた嘘であったのだ。

 でもそれならば、聖女とは一体誰のことなのか。


 この世界、アリアドネの糸の聖女はアリアドネ・フォレストであって他の誰でもない。

 誰でもないはず。

 いや、でも本当にそうなのだろうか?

 この世界は物語ゲームではない。

 だったら、これは本当に聖女の証なのだろうか?


 浮かび上がる数々の疑問に、アリアドネは思わず自身の掌を見つめる。

 この異質な力は、一体なんなのだろうか。


「ファニキア家のパーティーで披露されたのは、滅多と出回ることのないカラーダイヤです。それが流通していたのには理由があるということ。つまり神聖国でなにか大きな資金が必要としているということ。神聖国で行われる大きな祝祭はまだ先です。ならばその資金が、新しく降臨された聖女を祝うための準備だとすれば、納得がいくのです。わたくしは、あなたのことを知られてしまったのかと危惧し、更に詳しく調べてみたのですが。どうやらそうではないようなのです」

「ど、どういうこと?」

「神聖国に、あなたではない聖女が降臨しているのです」


 掌から視線をクリスティアへと戻したアリアドネ。

 その瞳は不安に揺れている。


「宗教的なシンボルは往々にして、偽物が現れることはあります。ですが、その人物は礼拝の最中に突然に現れたと。信徒達の間で噂になっていました。見たことも無い衣服を身に纏っていたという証言もあります。興味深いと思いませんか?」

「突然、現れた。同じ転生者?違う、違うわ。それならきっと転移者のはず」

「転移者?」

「そう、日本から異世界に飛ばされた少女!アリアドネの糸じゃなくてペルセポネの実!最初の聖女だわ!」


 混乱しながら思い出す。

 アリアドネの糸の二作目、全ての物語の最初の物語。

 そうだそうであれば、アリアドネとは別の聖女であることも納得が出来る。


 でもどうして物語が混同しているのか。

 交じり合って別の物語が形成されている。

 蝶の羽ばたきが嵐となっている。


 でも、今はそんなことはどうでもいい。


 もしその聖女が現代の日本からの転移者なのだとしたら、あれだけ世間を賑わせていた事件。

 愛傘美咲が死んだ事件のことを知っているかもしれない。

 そしてそれは、小林文代が死することになった事件でもある。

 その聖女はもしかすると、なんらかの真相を知っているかもしれない。


 事件はどうなったのか。

 お兄ちゃんがどうなったのか。

 少しは知れるかもしれない。


「ねぇ、クリスティー!私、会いたい!会いに行きたい!」

「……えぇ、会いに行きましょう。神聖国へ」


 自分達が死んでしまったあの世界はどうなってしまったのか。

 その欠片でもいいから知れたら。

 この胸の中に残る後悔は少しは和らぐのだろうか。


 僅かな希望と不安を胸に抱えながら、アリアドネは聖女の証の刻まれた掌を胸の前で強く、強く握り締めるのだった。

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