好きこそものの③
「あぁ……そういう……」
好きこそものの上手なれ。
アリッサは最初から宝石が好きだったのではないのだ。
だから宝石眼を失うことも、なんら恐ろしいことではなかったのだ。
むしろ、最後になるかもしれない景色に見たのが必死に手を伸ばしてきたエネスの姿であったことに、十分に満足したことだろう。
それがアリッサの真実なのだ。
納得した笑みを浮かべたクリスティアはルーシーの入れてくれた紅茶を飲む。
激しい感情というのは一種の呪いだ。
誰かを守ろうとする気持ち。
誰かを羨む気持ち。
誰かを愛する気持ち。
そして誰かに対して後悔する気持ちも。
誰かを想い続ける限りは永遠に解けることのない呪い。
クリスティアが見つめる金色の液体には、ただ一人の人が浮かび揺れている。
「事件は解決しましたか?」
掛けられた声に、じっと見つめていた紅茶のカップから視線を上げれば。
仲睦ましく去って行くエネスとアリッサに一瞬、視線を向けた雨竜とユーリが側に立っている。
「えぇ雨竜様。無事に解決いたしました」
「結局、宝石は呪われていたのか?」
「えぇ殿下。空想的なものではなく、随分と現実的なものでしたけれど」
嫉妬や羨望、劣等感。
そういった人の心が、呪いという空想の名を借りていただけのこと。
そして今、その呪いは解かれたのだ。
彼にとっては良い教訓となり、彼女にとっては……。
「結末は、そして幸せになりましたと締めくくられましたわ」
何処にでもある童話のように。
フッと笑むクリスティアに意味が分からずにユーリと雨竜が目を合わせたところで。
ツカツカツカと足音を鳴らしながらツインテールの髪を揺らし、近寄ってきたラニアがクリスティアの前で立ち止まると、怒っていますと腰に両手を当てる。
「どうしてくれるんですか!」
「まぁ、なにがでしょうラニアさん?」
「なにがですかって!白々しい!クリスティー公女のせいでラニアの宝石商が減ったんですよ!」
仲睦まじく歩くエネスとアリッサとすれ違ったのだと、廊下を指差すラニアはいい迷惑だと言わんばかりに喚き、頬を膨らませる。
「あら、元はといえばお二人の邪魔をなさっていたのはラニアさんなのだから。全ては元に戻っただけですわ」
「酷い!ラニアは邪魔なんてしてないし!ラニアはただエネス様の嘘に乗っかってあげてただけだもん!婚約者の人が怪我したから一緒に居るのが怖くなっただけの意気地無し!根性無し!男気無し!」
「まぁ……」
ファニキア家は宝石以外に関心を持たない一族。
宝石にはいくらでもお金を費やすがそれ以外にはケチだと有名で。
例えそれがファニキア家への疎ましさが原因で起きた事件だったとしても、一使用人が怪我をしたからといって、新しく護衛などを雇うことはしなかっただろう。
ラニアは自分のパトロンになり得る男のことはしっかりとリサーチをする。
エネスとアリッサの仲は元々悪くはなかったこと。
アリッサが怪我をしてからエネスの態度が粗暴になり、ラニアに近寄ってきたこと。
そして彼がなにかを恐れていることも、人の感情の機微に敏感なラニアには手に取るように分かった。
自分の気持ちにも気付いていない馬鹿な男。
婚約者を守りたいだけの嘘吐きな男。
だからラニアは彼を取り巻きに加えたのだ。
彼がラニアに執着することはないと分かっていたから。
悔しさ紛れにエネスへの暴言を吐くラニアだが、意外にもこの事件の事実を見ていたのはラニアだけだったのかもしれないと、クリスティアは感心したように笑みを溢す。
「どちらにせよ、あなたはもうお役御免よ。今後もしお二人の邪魔をなさるのなら、わたくしがお相手いたしましょう」
「そんな恐ろしいことしないわ!もう!こんなことになるんだったらもうちょっと、良い宝石を強請っておくんだった!悔しい!クリスティー公女が虐めます雨竜様!」
どさくさに紛れて雨竜に近寄り、その腕に縋り付こうとするラニア。
だが、さっと避けられる。
「事実を言われているだけですよ。それにあなたが本当に彼を好きであるのならば、邪魔をすればいいだけの話しです」
そうではないから簡単に手放せるのだ。
呆れたようにラニアへと向けていた視線をクリスティアへと向けた雨竜は、彼女へと向かって手を差し出す。
クリスティアは不思議に思いながらも、特に抵抗なく、差し出されたのでとその手に手を重ねる。
「私は諦めないと決めたんです。だから存分に邪魔をするつもりですよ」
持ち上げたその手の甲に唇を落としてニッコリと笑んだ雨竜。
そしてその視線はユーリへと挑むように向けられて。
見据えたユーリとの間に飛び散る火花にクリスティアは驚きつつも、素知らぬふりで笑みを浮かべ。
ラニアは唖然とするも羨ましさからか身を震わせる。
「クリスティー公女ったらズルいズルい!ラニアもお金と地位がある王子様が欲しいのに!」
欲しいと強請って貰えるものでもないのだが。
そういう素直な性格はクリスティアは嫌いではないので、いつだってラニアの行動を許してあげている。
宝石商を失い。
自身が当て馬になった悔しさから頬を膨らませて大声で訴えたラニアの響き渡ったその声は、静寂を重んじる司書からの怒りを買い。
そしてこの図書室からの退場を言い渡されるのであった。