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好きこそものの①

 ファニキア家のパーティーで起きた事故は、宝石の中に混じっていた魔法鉱石が爆発したという不慮な事故として処理された。

 被害者がファニキア家の婚約者といえど使用人の子、大々的にそれを騒ぎ立てる家族はおらず。

 商人達の間で笑いのネタとして瞬間的に広まったが、大きく世間を賑わせることはなかった。


「お怪我はもう平気ですか?」


 ラビュリントス学園の図書室のいつもの席。

 クリスティアの向かい側には呼び出したアリッサが座っている。


「はい。ご心配をお掛け致しました。幸いにも傷跡以外には問題はなく。後遺症も残らないそうです」


 頷き、揺らいだ髪から覗いたその額には大きな傷跡が残っていた。

 ペアシェイプカットは爆発を起こすオーバルカットの他に魔力を弱めるマーキスカットも用いられている。

 エネスが意図したことなのかは分からないが、音という空気の振動により魔力が弱められたので、爆発の威力も弱まりこの程度の傷で済んだのだろう。


「アリッサさん。本当はお気づきでしたのでしょう?贈られたアメジストが魔法鉱石であるということを」


 宝石眼を持つアリッサ。

 そんな彼女が宝石と魔法鉱石の判別が出来ないはずが無い。

 それにパーティーの日、エネスはダンスは省略してもいいだろうと言っていた。

 主催者のファーストダンスがなければ、ダンスが始まることはない。

 レコードに針が乗せられることもなかったというのに。

 なのに何故、アリッサはわざわざレコードに針を乗せたのか。


 アリッサは、エネスが事件を計画していたことも、自身になにかが降りかかろうとしていることも……全て、分かっていたのではないか。

 分かっていながら、彼女は共犯者となったのではないか。

 一体それは何故なのか……問うクリスティアに、アリッサは口角を上げる。


「内緒にしてくださいね、クリスティー様?」


 フッと息を吐いたアリッサは、告白をするために背筋を真っ直ぐに伸ばす。


「人の悪意というものはときに、人の情熱を奪い、砕くものだと。そうは、思いませんか?」


 そして窓の外を見つめ、開いた窓からそよぐ風に瞼を細める。


「彼は……彼はとても宝石が好きな人なんです。子供の頃から宝石図鑑を持ち歩いて、庭の綺麗な石を宝石に見立てて、鑑定の真似事をするほどに、本当に大好きだったんです。けれど成長するにつれ、思い知らされたのです。どれほど勉強をしても、どれほど情熱を持っていても、上手くいかないことがあるのだと。妹のほうが優秀だからと次期当主の座には着けなかったこともそうです。でもね、彼はそれでも満足していました。思いがけずそれを手にして、私という婚約者をあてがわれるまで。私が婚約者になったせいで……彼は自らを私の付属品だと蔑みました」


 風に揺らぐアリッサが持つのは怒りの感情だと、クリスティアは思った。

 周りだけでもなく自分自身にも憤りをぶつけている、そんな表情であった。


「彼は周りの言葉ばかりを気にして、すっかり自分のことをイミテーションだと思うようになってしまったのです。私もアスターもそんな風に思ったことはないんです。彼の情熱を知っていました、彼の努力を知っていました、彼にとって宝石はこの世の全てだったのに……彼を笑い、蔑み、価値はないのだと決めつけた者達の声ばかりを聞いたせいで……彼はただ好きだという情熱をすっかり失ってしまったのです」


 強く握り締めた両手の中に怨めしさを抱え、アリッサは語る。


「そして彼は、全てを拒絶するようになりました。アスターは彼が大好きでしたから、冷たくなってしまった態度にとてもショックを受けていました。そしてそれは、次期当主の座を譲り渡した自分のせいだと悲しんでもいました」


 こんなつもりではなかったのだ。

 エネスと対立する度にアスターの眼差しがそう訴えていることをアリッサは気付いていた。

 妹はただ、兄に自信を持って欲しかっただけ。

 誰よりも輝いている宝石なのだと、分かって欲しかっただけ。


『次期当主に妹が選ばれるなんて、兄は余程の役立たずに違いない』


 そんな陰口を誰かの口から聞きたくなかっただけだったのだと。


「でも結局、彼が抱えている問題は次期当主への重圧でも宝石眼を持っていないことへの嫉妬心でもありません。彼が抱えている問題は、彼がただファニキア家の子であるという事実による劣等感だけなのです。他の家門の子であれば抱えるはずのなかったものです。彼には十分に才能があったのですから。だから私は……彼がしようとしていることをさせて、目を覚まさせることにしたのです」


 エネスがなにをしようとしているのか、クリスティアから宝石の鑑定依頼を受けたときになんとなく察することが出来た。


 使用人は邸のことを色々と見聞きするもの。

 様々な魔法道具の蒐集をエネスが始めたことを執事から聞き。

 使い物にならない魔法鉱石が部屋に多く転がり掃除が大変だとメイドから聞いていた。

 アスターの呪われた宝石を探すという依頼の内容とそして一時、所有していたアメジストの鉱山から産出された魔法鉱石を、ファニキア家が持て余していたことをアリッサは知っていた。


 だから宝石鑑定のときにアリッサは、クリスティアの目を逸らすためにエメラルドを勧めたのだ。

 そしてパーティーの日、会場に楽団ではなくレコードを準備し、身に付けて欲しいとブラックアメ(魔法鉱石)ジストを渡してきたエネスに、その真意を理解した。


 宝石を扱う者ならば知らないはずはない、魔法道具との相性の悪さ。

 あぁ、この人はそれほどまでにこの眼を憎んでいるのだ。


 アリッサは全てを悟り、ならば彼の好きにさせようとそれを受け取り、身に付けた。

 今まで誰からも、なにもするなと言われ続けて来たのだから、自分だけは彼のすることを受け入れよう。

 それで彼の気持ちが少しは晴れるのならば。

 彼が宝石に対する情熱を取り戻せるのならば。

 どのような結末になっても悔いはない。


 けれどエネスは結局、レコードに針を乗せることはしなかった。

 クリスティアが来てしまったのもあるが、元々そんな勇気はなかったのだ。

 だって、ダンスをしないと決めたときに彼は安堵していたから。


 優しい人。


 犯罪には向いていない人。


 だから彼の計画が上手くいくように。


 アリッサは自らになにかが起きると分かっていながら、その手でレコードに針を乗せて共犯となった。

 そしてその事実をエネスは知らない。

 ただアリッサに怪我をさせてしまったという罪悪感だけを抱えている。

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