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オオカミが来たぞ④

「本日、アリッサさんがお召しになられていた額飾りは、ペアシェイプカットのブラックアメジストでしたわね。ペアシェイプカットは二種類のカット方法を用いたものです。マーキスカットとオーバルカット。ご存じですわね?」


 エネスの肩がビクリと震える。


「クラブの顧問をしていらしたエヴァン先生が爆発事故を起こしたとき、レコードをお聞きになられていたそうです。そう、音に反応するオーバルカット。ダンスはまだ始まっておりませんわファニキア令息。つまりはまだ、なにも起きてはいません。まだ間に合うのでしょう。アスターが傷つく前に、誰かが傷つく前に、あなたが宝石にかけた呪いを解いて下さい」


 アスターが呪いをかけたのではない。

 あなたが事実、呪いをかけたのだ。


 諭すように、アメジストのケースを押し出したクリスティアに、全てを見破られた絶望からか両手で顔を覆ったエネスは、その指の間から彼女をギロリと睨みつける。


「あなたに一体なにが分かるというんです?」


 低く暗い声音。

 それは事件を見破られた悔しさというよりかは、悲しみを深く抱え込んだ声音であった。


「次期当主は妹だと端から期待されず。妹がおかしくなったからと、血筋という理由だけで急にその座に座らされる。だったらそれに相応しくあろうと、必死に努力をしても誰にも認められず!お前に価値はないんだと言わんばかりに自分より遙かに価値のある、宝石眼を持った婚約者をあてがわれる!いや、宝石眼があるから……婚約者にさせられた。ファニキア家の紛い物!宝石の中に生まれたイミテーション!路傍の石ころのほうがまだ価値があると言われ続ける気持ちを!あなたには理解できないでしょう!」


 公爵家の一人娘として生まれた瞬間から価値のある宝石だと認められ。

 幼なじみであるからと、王太子殿下の婚約者となった誰よりも輝かしい宝石。


 ホールの中央で輝いていたレッドダイヤのように、これ以上ない価値のある宝石として生きてきたクリスティアにこの気持ちが分かるはずはない!


 苦しみを吐き出すように、ソファーの背もたれから身を離し、前のめりになったエネスは叫ぶ。

 誰も認めてくれない。

 誰も期待をしてくれない。

 その世間の評価に、苛まれている。


「なにをしてもアリッサと比べられ、アリッサが鑑定をするからお前はなにもするなと諭される!ファニキア家の者が宝石鑑定もせずに宝石のデザインなど恥だと馬鹿にされ!皆がアリッサに教えを乞う!鑑定が出来なくてもあなたには他にも才能があるだと!?白々しく慰めるフリをしながら俺を馬鹿にして!それほどに自分に価値があるというならば壊してやろうと!価値を無くしてしまおうと!」


 そうすれば少しは自分が味わわされている気持ちが分かるはずだ。

 努力をしても報われない無力感、価値がないと蔑まれる侮蔑感。

 エネスから毒のように吐き出される嫉妬心を受け止めながら、クリスティアは静かに口を開く。


「そうやって劣等感に蝕まれ、あなたがアスターに呪いをかけたのです。あなたに自信を取り戻してもらおうと、次期当主になればきっと変わるだろうと……始めた馬鹿なフリによって自らの信頼を失いながら、それでも尚あなたを想い吐き続けている嘘が、あなたの妹を孤立させている。呪いの元凶はあなたのその愚かな虚栄心です」


 アスターもエネスも、誰もが事実を見ずに真実だけを見て叫んでいる。

 自らの心象に曇らされた真実を見続けている。

 来てもいないオオカミが来たと、叫び続けている。


「あなたがデザインしたジュエリーは本当に素晴らしい作品でした。それは社交界で話題になるほどの。宝石を鑑定出来ないから価値がない?あなたのカットもデザインも十分に価値のある才能です。どうしてそれをあなた自身がお認めになられないのですか?あなたは一体誰に認められたいのですか?誰に価値を示したかったのですか?」

「お、俺は……俺は!」

「少なくともアスターは、あなたの価値を認めていました。あなたが誰よりも宝石を愛しているという価値をあなたの妹だけは誇っていたのです。だからこそ自らが嘘つきになってもあなたを当主にと望み、嘘を吐き続け……そして今もその嘘であなたを守ろうとしている。ファニキア令息、あなたをイミテーションにしたのは一体、誰だったのですか?」


 世間でも、家族でも、婚約者でもない。

 エネス自身が、自らをイミテーションに貶めているのだ。


 震わせた唇をただ開き、閉じたエネス。

 この眼を狂わせていたのは一体なんだったのか、一体この眼はなにを見ていたのか。

 漸く、眼を逸らし続けてきた事実を見ようとアメジストへと視線を落としたエネスの耳へと音楽が聞こえる。

 ホールから響き渡る音楽。

 その音に、エネスが立ち上がる。


「なんで曲が……!」


 血の気が引いたように真っ青な顔をして走り出し、部屋を飛び出して行くエネス。

 転がるように階段を降りてホールに集まる者達を見回し、目的の人を見付けると他の者達を掻き分けるようにして向かう。


「アリッサ!」


 少し離れた場所。

 窓際のレコードの前でアリッサが立っている。


 俯き背を向けていたアリッサが呼ばれた名に振り返ると、手を伸ばすエネスを見付けニッコリと微笑む。

 そして曲が序奏を盛り上げるために一際大きくホールを揺らしたその瞬間、アリッサの額からバンッ!という破裂音が響く。


「きゃぁぁぁぁ!」


 そして上がる悲鳴、悲鳴、悲鳴。


 力なく倒れ、額から血を流すアリッサを抱き締めて、医者を呼んでくれと喚き叫ぶエネスの姿を、客間から出たクリスティアは階段室からただ静かに見下ろしていた。

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