ミサのまとめ③
「では。有力な第一容疑者であるわたくしと、事件当時の殿下の行動はこれで全て書き起こしましたけれども……その他の容疑者の方々のお話はもうお聞きになりましたの?」
「いや、まだだ。まずはお前がこの新聞に情報をリークしたのかどうかの確認をしに来たからな」
「今から話を聞きにいくんです!あいたっ!」
ラックの無邪気な情報のリークにニールがその頭を手帳でしばく。
余計なことを何故そう軽々しく口にするのか……クリスティアから貰ったあの香水を今日も嬉しそうに嗅いでいたがあれになんらかの自白を促す効果でもあるんじゃないかと疑う口の軽さにニールは呆れ、クリスティアの瞳はキラリと光る。
「酷いですわニール、わたくしが新聞社に事件の内容を密告したなどと疑うなんて……わたくしこう言ってはなんですが対人警察には数え切れないほどのお力添えをしてきましたでしょう。それだというのにわたくしを疑うなんて。傷つきますわ」
そういいながら何故かいそいそとソファーから立ち上がるクリスティアにユーリもニールも嫌な予感がする。
事件の聴取をしたときも留置場に入ろうとしてクリスティアは進んで立ち上がったのだ。
こうなると次に要求するだろう言葉が容易に想像出来る。
「ということでわたくしも共に参りましょう」
「どういうことなのかさっぱり分からないが許可すると思ってんのか」
「誰かの話を聞くことで疑われた心の痛みが和らぐというものですよニール。それにこれはわたくしにも関わりのある問題でございますでしょう?犯人はわたくしに短剣を握らせたのですから」
一蹴するニールに、この胸の傷はあなたがわたくしに付けたものだから責任を取るべきだと意味の分からない主張をしてその拒否は認めないと頭を左右に振るクリスティアだが、そんな繊細さクリスティアにはないとことはラック以外は皆知っている。
何故連れて行く行かないの決定権がニールにないのか不明だが、クリスティアは自信を持って己が参加出来ることを疑わない。
全くもって犯人は余計なことをしてくれた。
「まさにオリエント急行で自分の荷物に入れられた赤いキモノを見付けたときの犯人に対する敬愛なる名探偵の心境ですわ」
「……どんな心境なんだそれは?」
嬉しそうなクリスティアの口から幾度となく聞いた敬愛なる名探偵の名にニールは顔を歪める。
オリエント急行がなんなのか分からないし、キモノとはミサが着ているような服で、確か遠い異国の国の衣服のはずなのでこのラビュリントスでは滅多に着ない衣服だ。
それを何故今、クリスティアが口にしたのか分からないし、今クリスティアがどういった気持ちなのかなんてことは誰にも汲み取れない。
しかしその名前が出るとクリスティアは堅牢たる意思の元、一歩も引かないことはユーリもニールも重々承知している。
なので仕方なくその気持ちは一体なんなのかとニールは問う。
「挑戦には応ずるということです」
にっこり楽しげに微笑んですっかり共に行く気であるクリスティアを止めることを誰も彼も諦める。
認めなければ勝手に一人で容疑者に会いに行くだろう。
そっちのほうが迷惑だ。
「邪魔をしないよう私も目を光らせておく……すまないニール」
クリスティアが行くのならばお目付役のユーリが暢気に邸で待っているわけにもいかない。
せめてニール達の邪魔にならないようにクリスティアを制さなければという使命感を持って重い腰を上げることとなったユーリはすっかり冷めた紅茶を一口、口に含み、憂鬱な気持ちを更に重くするようなその苦さに顔を歪めるのだった。