馬車の告解④
「それにしてもとても良いドレスですな、準備するのはその……大変だったでしょう」
「まぁ、お分かりになられますか?殿方ってばドレスのことになんてちっとも関心がおありにならないものですからわたくし嬉しいですわ。これはわたくしのことを心配してくださっている友人がお贈りくださった品物ですの」
「それは……良き人ですな」
「えぇ、良き友人です」
大変だといった言葉に含まれる金銭的な困窮を指摘する気まずさを理解しなかったのか、無邪気に自慢気に己の身に纏うドレスの説明をする純粋な少女の衣服に対する年頃の反応に笑みがこぼれる。
それにしても見事な刺繍だ。
プリーツ部分に帯状に縫われた花の刺繍もパフスリーブに施されたチュールレースの華やかさも。
全てが繊細に調和し、ドレスのことなど分かりはしない第三者が見てもデザイン含め生地からして一級品であることが分かる。
少女のために作られた特注品でそれなりの値段のする代物なのだろう。
このドレスを準備した良き友人が貴公子ならばそこにふんだんに含まれている想いに格別の意味があることをこの少女が気付けばいいのだが……。
夜会に向かうことを考えれば気付いていないのだろう少女の鈍感さ、もしくはそれを利用する強かさを憂いと共に賛美し同時にドレスの送り主である見も知らぬ貴公子を憐れむ。
「ロレンス卿、わたくしドレスに着させられておりませんか?装飾品もおかしくありません?」
「あなたという存在の前では全てが霞んでしまう装いですがそれを抜きにしてもとても素晴らしく均整がとれています、全ての調和が取れておりますのでご心配なさることは一つとしてございません麗しの姫君。今のあなたは女神さえも嫉妬いたしますよ」
「まぁ」
素晴らしい一点物のドレスと首を飾り耳を彩る宝石達。
この宝石達が令嬢の持ち物ならばおそらくはイミテーションなのだろう。
自邸に迎えに来たときに宝石を貸してあげるべきだった。
ドレスと比較されうる宝石類はその家の豊かさを表す指標となる。
たかだか宝石一つで卑しいことだが貴族社会では地位かまたは財産の多いもしくは釣り合いが取れることが婚姻の決まる強い条件となる。
私もそうだった。
私もこの男爵という地位のせいで捨てなければならない出会いがあった。
心からの出会いを捨てず長子という矜持を捨てていれば!
家族や地位になどに捕らわれなければ!
そうすれば私の人生はもっと幸せになったのかもしれない。
そう思うとこの家族の為に自分を犠牲にしていると気付いてすらいない、未来は幸福であると信じて疑わない少女の純粋な希望を私が歩んできたような落胆と後悔で穢したくはないと心から願う。
これから出会うであろう数多くの素晴らしい出会いを豊かなものにしてあげたい。
吸い込まれそうなほどの妖しさがある瞳の大きさほどの宝石をまじまじと見つめ、青の中に浮かぶ赤色はこの先の希望でもあり波乱でもあることを予感させる……そんな冒険心に満ちた輝きであって欲しくないと思う。
それにしてもイミテーションにしては輝きが精巧だ。
宝石に精通しているわけではないがもしかしたら本物をレンタルしたのかもしれない。
買うよりは安いとしてもそれなりのレンタル料がかかっただろう。
それだけこの少女がこの夜会に掛ける並々ならぬ思いがあるのだろうと感じ取り、目が覚めてからずっと心に沸き立つなにか得体の知れない気味の悪さを振り払うように必ずこの少女を幸せにするのだという使命感を持って身を引き締める。