オオカミが来たぞ②
「まぁ、今日のようなパーティーの日でないほうが理想的でしたね」
「ですが食堂でのご様子を見るに大切な宝石かと思い、お返しするのはお早い方がよいのかと思いましたの。それに呪いというものはいつ、誰にどのような形で降りかかるものか分からないものですから、わたくしも怖くってしまって。なにか障りがあってはいけないと、呪いを押さえるために特別なジュエリーケースを仕立てたんですのよ。どうぞこれはそのままお譲りいたしますわ」
悪びれた様子のないクリスティアはお詫びのつもりなのか、侍女によって蓋が開かれていく百合のジュエリーケースを示す。
中身の宝石よりケースの方が高く付いているではないか。
袋に乱雑に入れているくらいが丁度良い宝石にケースなど不要だというのに、どういうつもりなのか。
いや、外見を豪華に装っているがお前はこの中のちんけな宝石と同じなのだと、実に貴族らしい示し方で自身を馬鹿にしているのかもしれない。
エネスの揺れる足が一層、激しくなる。
「そうですか……ではお聞きいたしましょう。このただの宝石に一体どのような呪いがかかっているのか。それともやはり呪いなんてなく、ただの宝石であることが分かったと謝罪でもなさるおつもりですか?まさか、この宝石が気に入った……なんてことはないでしょう?」
「そうですわね。実を言うと、この宝石のどれも気に入りましたわ」
「ははっ」
そんなはずないだろう!
それは嘲笑するような笑いだった。
等級の低い宝石が多く中に混じっていることを公爵家の令嬢が分からないはずはない。
ましてやこのジュエリーケースに入れられているのはその中でもより、価格の低い粗末な宝石だ。
『お前に選ばれた』というだけで、価値が無くなると蔑まれた宝石達。
見る目がないと人を散々馬鹿にして!
結局は買うばかりのお前達にだって見る目はないではないか!
自分を嘲笑っていた者達のざわめきを纏いながら、エネスは勝ち誇ったように、口角を上げる。
「これより他の宝石をおすすめいたしますよ。それこそ、本日の目玉であるレッドダイヤのような。公女のような立場に見合った品物でしょう」
「希少性があるから価値があるというのならば、こちらの宝石も劣らずに希少かと。呪いがかけられているのですから」
エネスの揺すっていた足がピタリと止まる。
呪い呪い呪い呪い!
懲りもせずに馬鹿馬鹿しい!
どうかしている!
妹と同じく非現実なことも恥ずかしげもなく口にするクリスティアに、エネスは鋭い眼差しを向ける。
その眼差しには軽蔑の色が濃く滲む。
「本気でアスターの言うことを信じているのですか?あれは嘘つきです。幽霊が見えるだなんだのと言って、両親も困り果てているのです」
「ファニキア令息は、アスター嬢がどうしてそのような言動をなさるのか考えたことはございますか?」
「は?」
なにも理解していないエネスを憐れむように、俯き加減にフッと笑ったクリスティアは問う。
なにを問いたいのか、分からないエネスは険のある声を上げる。
「皆の気でも引きたいのでしょう。両親は、宝石のこと以外には関心を向けない人達で……アスターは幼い頃から寂しい思いをしていましたから。誰かに構ってもらいたいのです」
夜、小さな犬のぬいぐるみを持ってエネスの部屋へと一人で訪れては、怖いからお兄ちゃんと一緒に寝たいと瞳を潤ませていたアスター。
エネスはいつだってそんな妹へと手招きをして、自分のベッドに迎え入れていた。
怖いモノが出て来たらお兄ちゃんが守ってあげるから大丈夫。
優しく頭を撫でていた幼い頃。
今とは違う関係の時もあったのだと思い出し、少しだけ苛立ちが落ち着き、諦めたような気持ちを湧き上がらせたエネスは、机に並べられた宝石へと手を伸ばす。
「はぁ……そうですね。アスターを構っていただいたことに、感謝を示すべきなのでしょう」
呪われただのなんだのと言って結局、負けを認めないのは、公爵家の令嬢としてのプライドであろう。
体面を保ちたいというのならば、家格の低いこちらが折れるのが社交界の通例だ。
妹の相手をしてくれたことに免じて、今回ばかりは大目に見てもいいとジュエリーケースの蓋を閉じようとするエネスの手を、クリスティアは遮る。
「フランシス皇女という得難い友人のいるアスター嬢を寂しいだなんて……ファニキア令息は面白いことをおっしゃいますのね。彼女よりご自身のほうがお寂しいのではないのですか?」
「一体、どういうことでしょう?」
遮られた手に眉間に皺を深く寄せ、エネスはクリスティアを見る。
「本日のパーティーへは、アリッサさんとご一緒でしたのね」
「えぇ、婚約者ですからね」
「まぁ、わたくしはてっきりラニア嬢とご一緒なさるのかと。最近はお二人が仲睦まじくされているというお噂をよくお聞きしておりましたので」
アリッサを連れていることがさも当たり前のような反応だが、それが当たり前ではないことは皆が知っている。
ラニアという恋人の存在を知っているのだと、クリスティアはからかうような声音を上げる。
「恋人と婚約者とは違うでしょう。本日のパーティーへには婚約者の同伴が妥当だと判断したまでです」
「恋人と婚約者……ふふっ、恋人……ね」
だがエネスは悪びれた様子も無く。
その厚顔無恥さに、クリスティアは含みを持たせた笑みを浮かべる。




