オオカミが来たぞ①
その日、ファニキア家では新しく手に入れた最高級の宝石のお披露目を行うという、定期的に開かれるパーティーが催されていた。
今回はどうやらカラーダイヤがその目玉らしく。
ホールの中央に希少価値の高い真っ赤なダイヤモンドが主役として鎮座し、人々の目を惹きつけていた。
「本日はいつも以上に賑やかですわね、アリッサさん」
「クリスティー様。本日はようこそお越し下さいました」
そんな宝石に目もくれず、クリスティアがまず近寄ったのはエネスの婚約者であり宝石眼を持つアリッサ・アンセスであった。
首元をレースで隠した紫色のエンパイアラインのドレスは宝石商の婚約者らしく、宝石が鏤められており、その身を揺らす度にシャンデリアの明かりでキラキラと輝く。
首や指を飾るアクセサリーも美しく。
特に、額で輝くアメジストのティアーズドロップの額飾りは珍しさもあり、彼女に挨拶をする者達の目を奪っていた。
フランシスが広めているものではないアメジスト。
彼女の為に作られたのだろう、よく似合っているデザインだ。
クリスティアが少し暗いながらも輝くアメジストをじっと見つめていれば、アリッサはその視線に戸惑いながらも微笑み、視線を逸らすようにカラーダイヤを示す。
「カラーダイヤが流通するのは珍しいことですから。それがレッドダイヤとなれば特に。神聖国では最近、大々的にカラーダイヤの売買を行っていて、こちらからも数名の鑑定士を派遣しておりましたから、運良く手に入れることが出来ました。神聖国はなにか大きな催しを控えているのかもしれませんね。あの、本日はエネス様が招待状を?」
「いいえ、本日は友人の付き添いで参りました。ファニキア令息と少しお話ししたいことがございまして」
「そう、ですか」
クリスティアが視線を向けた先ではフランが数名の男性に囲まれて困ったように眉尻を下げていた。
こんなことにならないようにと護衛を一緒に連れてきていたのだが。
何処に行ったのかしらと思っていれば、そこへグラスを二つ持ったロバートが現れる。
どうやら飲み物を取りに行っていたらしく、フランに群がっていた男性達を見ると牙を剥き出したオオカミが威嚇するような形相で彼らを睨みつけている。
その剣幕に男性達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。
フランが安堵したように胸を撫で下ろし、ロバートから差し出されたグラスを受け取って微笑み。
ロバートは任務という名の牽制を与えたことに、満足げに胸を張っている。
護衛役は上々のようだ。
クリスティアが向かう視線を追いながら、少し考える素振りを見せたアリッサは口を開く。
「クリスティー様、もう少ししましたらダンスが始まります。ファーストダンスは主催者が躍るのが決まりですので、お話しはその後にでも……」
「これは、珍しいですね。公爵家と我が家はご縁がないものと思っていたのですが。来ていただき感謝申し上げます公女」
アリッサの言葉を遮り、他の挨拶回りをしていたエネスが現れる。
ファニキア家からパーティーの招待状は何度かランポール家に来ていたのだが、毎回お断りをしていたので、招待状が来なくなって久しい。
招待状を送らなくなれば来るのかという嫌味の入り交じった言葉だが、クリスティアは意に介さず微笑みを浮かべる。
「最高級品のカラーダイヤがお目見えするとのお噂を聞きましたので、大変興味が湧き友人の付き添いとしてお邪魔させていただきましたわ。お噂の通り美しい色と輝きで、わたくしがお預かりした宝石の持つ付加価値と、どちらが上であるのか気になるところですわ」
笑みの形を崩さぬまま、クリスティアはエネスへと近寄り。
その耳元へと顔を近付ける。
「ファニキア令息。わたくし、呪いの正体が分かったのです……ご興味はおありですか?」
「それは……えぇ、随分と興味深いですね」
内緒話を囁くように。
クリスティアの呟いた言葉にピクリと眉を動かしたエネスは、警戒するように身を捩らせて距離を取る。
その表情は不愉快そうに眉間に深く、皺を刻ませている。
「お話しを、お伺いいたしましょう」
「あのエネス様、そろそろダンスの時間が……」
「別に省略してもいいだろう。お前は客の相手をしていろ」
引き留めるように腕へと触れたアリッサの手を振り払い、冷たく吐き捨てながらも何処か安堵したような表情でエネスはクリスティアへと手を差し出す。
少しの申し訳なさと共にクリスティアはその手を取り、アリッサを置き去りにして案内されたのは二階の客間であった。
「お忙しくなさっていたのに、お時間をいたいてしまってなんだか申し訳ありませんわ」
開かれた扉の先では珠暖簾のように、宝石のカーテンが入る者を出迎える。
シャンデリアの装飾、マントルピースの彫刻、場所場所に宝石が鏤められている豪奢な部屋。
階下で聞こえる来賓者達の賑やかな声を背で聞きながら革張りの白いソファーへとクリスティア達は腰を下ろす。
扉を開いたままでいるのはお互い婚約者がいる身なので、不要な噂を立てられないための配慮であった。
その扉の前ではアリアドネが門番として立ち、聞き耳を立てようとする不届き者を成敗するつもりで可愛らしい睨みをきかせている。
共に中へと入ってきたルーシーが机の上に預かっていた宝石を並べる様を見つめるエネスは落ち着かないのか、腕を組み片足を揺らしていた。




