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羊飼いの嘘②

「ちが!違います!呪われてるんです!私が!あたしがこの魔眼で呪った!だから絶対におかしな所があるんです!それを、それを教えてください!」

「アスター!!」


 まるで駄々を捏ねる子供のように。

 違う違うと頭を降り続けるアスターに、突如としてクリスティアが大きな声を上げる。

 その声に、ビクリと身を震わせたアスターは動きを止める。


 滅多とない声の大きさに、アリアドネの肩もビクンと跳ねる。

 ルーシーだけが冷静だ。


「いい加減にしなさい!これ以上、偽りを述べるつもりならばわたくしの答えは変わらないままです!真実を知りたいというのならばまず、あなたが隠している真実を言うべきなのです!」

「私の真実なんて!そんなの、そんなのなんだっていうのよ!誰も私のことを信じてくれないじゃない!私が馬鹿なことをしてたから誰も!本当のことを言ってももう、誰も信じてくれないんだもん!」


 咎められ、責められて、唇をわなわなと震わせたアスターは、ボロボロと流れる涙を拭いもせずに、右目を覆う白百合の眼帯を取ると机に投げつける。

 そこにはただの普通の琥珀色の瞳が、頼りなく涙に濡れている。


「どうして誰も信じてくれないと思うの?」

「わた、私が馬鹿だったから!馬鹿になってお兄ちゃんの邪魔にならないようにしてたから!フランシスは忠告してくれたのに!嘘ばっかりついてると皆に呆れられてしまうって!いつか本当のことを言ったときに誰も信じてくれなくなるから止めなさいって!でも私、どうしたらいいか分からなくて!こうするしかないって!だから、だから!どうにかしないとって!」


 部屋に置かれたその絵本は、まさに自分のことだとアスターは思った。

 来てもいないオオカミが来たぞと面白可笑しく叫んでいた羊飼い。

 村人を騙し、慌てる姿を笑っていた彼はいざ本当にオオカミが来たときに、散々嘘を吐き続けたせいで誰にもそのことを本当だと思われずに羊を全て食べられてしまう。


 アスターもそう。

 誰も信じない嘘を吐いて。

 誰も信じないようにと呆れさせて。

 そうして、アスターの真実は……オオカミ(リュカオン)に食べられてしまったのだ。


 辿々しく言葉を紡ぎ、真実を吐き出そうとする彼女の言葉を聞き逃さぬように、クリスティアは緋色の瞳で静かに見つめる。


「特別な人が呪いがあるって、呪いじゃなくてもこの中の宝石が普通とは違うから危険だって言ってくれたら……きっと、きっと私の言うことだって信じてもらえる。馬鹿なことが起きる前に止められるって」

「馬鹿なこと?」


 聞き返したクリスティアの声に、アスターの瞳はまだ、逡巡するように揺れる。

 それを言うことは誰かの罪を白日の下へと晒すことなのだ。

 アスターはその誰かを決して断罪したいわけではない……救いたいのだ。


「アスター。真実は事実とは異なり、受け取る者の心模様によって、不平等にその瞳に映るものです。あなたが誰かを守ろうとしていることは分かりました。そしてその結果、それが守りたい者の罪になることも。あなたはどうにかそれを上手に隠して救いたいのでしょうけれど、このままでは誰一人として救うことは出来ないでしょう」


 うっうっとしゃくり上げながら溢れる涙を拭うアスターへとクリスティアは告げる。


「あなたは一体、誰になにを信じさせたかったのです?一体どんな事実を知り、わたくしにどんな真実を望んでいるのですか?」


 俯いていた顔を上げたアスターの表情には切実な懇願が浮かんでいた。

 自らの望む真実を事実にして欲しいと切に願う、そんな表情が。


「お、お兄ちゃんが馬鹿なことを考えていて……危険なのに宝石鉱山で出て来た魔法鉱石を集めていてそれを加工してるんです」


 アスターは漸く事実(罪)を語り始める。


「お兄ちゃん、少し前から魔学クラブで実験をしていたんです。宝石鉱山で見付かった魔法鉱石を宝石のように加工する実験……魔学クラブが停止処分になっても、邸でその実験を続けてるんです」

「それはとても危険なことなのね?」


 エヴァンから借りた資料を思い出しながらクリスティアが問えば、アスターはこくりと頷く。


「宝石に似せたそれは結局、宝石にも魔法道具にもなりません。他の魔法道具との相性が極めて悪くて、なんらかの事故を引き起こす危険性があるんです」


 それはまるで神様がちょっとした悪戯をしているかのように、小さな事故から大きな事故まで。

 どういう切っ掛けでどういった事故が起こるのか、広く浸透していない事実は捨て置かれ、予見が難しい。

 思ってもいなかった魔法道具に反応して、事故が起きるかもしれないのだ。


「その魔法鉱石は宝石より安価で手に入ります。宝石のように美しく加工されたそれは既存の宝石より安いイミテーションとして、販売されるはずです。そういったモノは特に、平民の目に留まることになるでしょう。王国で魔法道具を使っていない家庭なんてありません。なんらかの魔法道具を必ず一つは持っています。その魔法道具に反応して事故が起きる可能性は、ゼロではありません」


 全ての魔法道具との相性を実験出来るわけではない。

 これならば安全だという保証は何処にもない。

 アスターは両手をギュッと握り締める。

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