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羊飼いの嘘①

「他の宝石はそのまま袋の中でよろしかったでしょうかクリスティー様?」

「えぇ、それらを出す必要はないわルーシー」


 放課後、学園内のサロンにて。

 アスターから預かった輝く宝石達の入った袋を片隅に置き、指示を受けたジュエルケースだけを机の上に並べるルーシーをクリスティアが見つめていれば、コンコンっと扉をノックする音が響く。


「どうぞ」


 クリスティアが声を掛ければ音も無く扉が開かれ、そこにはアリアドネが立っている。

 アリアドネを待っていたのかと一瞬、思ったが、彼女は扉を開くためにその場に立っていただけで。

 すぐにその場から離れてルーシーの側へと向かうと、後ろから緊張した面持ちのアスターが現れる。


「お呼びだてしてしまって、ごめんなさいねアスター嬢。どうぞお座りになって」

「失礼します」


 アスターの姿を見て、ニッコリと微笑んだクリスティアは向かい側の席を示すように掌を向ける。

 緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだアスターは頷くと、示されたそのソファーへと座る。


「本日お呼びしたのはきっとお察しのことでしょうが、ご依頼をいただいた件についてのお答えをお伝えするためです。あなたが呪ったという宝石、どの宝石を呪ったのか……そのことについてお話しをいたしましょう」


 机の上に並べられたジュエリーケース。

 開かれたそのケースには赤色のルビー。

 黄色のトパーズ。

 紫色のアメジスト。

 緑色のエメラルドが輝いている。

 他の宝石は袋に入れられたままであることに、アスターの口角が無意識に上がる。


「やっぱり。あたしの眼に狂いはなかったわけですね。クリスティー公女なら、どの宝石が呪われているのか分かるって思ってました」


 限定された数はどの宝石が呪われているのか突き止めた証なのだ!

 瞳を輝かせながら急かすように、その灰色の脳細胞を働かせた推理をすぐにでも披露してくれと期待するアスターの眼差しに、クリスティアは微笑んでいた口角を下げる。


「いいえ、アスター嬢。わたくしは本日、あなたのご期待には応えられないということをお伝えするために、こちらへとあなたをお呼びしたのです」

「えっ?」


 そう言うと、クリスティアはまずはルビーの入ったジュエリーケースの蓋に触れる。


「ただの宝石」


 そう言うとその蓋を閉じる。


「こちらもただの宝石」


 トパーズの蓋を閉じる。


「これもそう」


 アメジストの蓋を閉じる。

 最後に開かれたままだったエメラルドの蓋を閉じ。


「全て呪われてなどいない、ただの宝石です」

「は?」


 全てのケースの蓋を閉じる。

 同じ百合が描かれたケースに隠された宝石、どれが中に入っているのか閉じてしまえば分からない宝石。

 アスターの頬が引き攣る。


「な、なにを言ってるんですか?そんなはずはないです!だって!だってこの中に!」


 動揺し、焦り、上げたアスターの声がハッとしたように止まる。

 そして悔しげに、クリスティアを睨みつける。


「クリスティー公女はどんな事件でも解決する能力をお持ちだって聞きました。どんな小さな謎でも見逃さずに絶対に解くんだってフランシス皇女が。なのに本当に……」

「皇女に聞いたから、わたくしを試そうとなさったのアスター嬢?」

「あ……」


 酷く冷めた声音で、鋭い緋色の眼差しをアスターへと向けるクリスティア。

 自分より遙かに身分の高い公爵家の令嬢。

 商人から成り上がっただけのたかだが新興貴族風情が、建国からの歴史を背負う血筋の能力を不相応にも試そうとしているのか。

 その問う眼差しに、アスターは俯き手を震わせる。


 だが、それでも……アスターに諦めた様子はなく。

 声を震わせながらも挑むように顔を上げる。


「だ、だったらなんだって言うんです?あたしはリュカオン様のお導きに従っただけです!まさか数々の事件を解決してきたクリスティー公女ともあろうお方が本当に、この宝石がただの宝石だって言うんですか?」


 精一杯に嘲るように、震える口角を歪ませながら。

 クリスティアの矜持を刺激して、その怒りを買おうとしている。

 だがそんなものに煽られるほどクリスティアは幼い子供ではない。

 いや、幼い子供の頃ですら……クリスティアはそんな稚拙な言葉に煽られるようなことはなかった。


「何度でも申しますわ。これらは全てただの宝石です。呪いなど存在しない、あなたの魔眼も紛い物。一体なにがしたくて、わたくしを欺いたのかしら。あぁ、もしかするとあなたもラニア嬢のように殿下との婚約を望んでいらっしゃるの?偽りの神の名を騙って私を恐れさそうとでも?もしかしてこのことはフランシス皇女もご存じのことなのかしら。だってあなた、皇女と仲良しですものね?」

「ちが、違います!フランシスは関係ありません!それに私はそんなこと!ただ……ただ……!」


 王太子殿下と婚約だなんて!

 そんなこと思ってもいない反論をされ、アスターは焦ったように頭を左右に振る。


「アスター嬢。最初にわたくしは申したはずです。わたくしに隠し事はしないようにと。隠し事はあなたが知りたいと望む真実を隠すと。あなたが何故、呪われた宝石を探すのか。一体どんな真実を知りたいのか……このままあなたの真実を嘘で隠し続けるのならば、わたくしはあなたへと、ただ事実をお伝えするのみです。この宝石は何一つとして呪われておりません」


 それが答えだというように口を噤み、紅茶を飲むクリスティアに、アスターは失意から瞼を見開く。


 本当にそうなのだ。

 そうするつもりなのだ。

 なにも見付からなかったと、宝石がただの宝石であると、アスターの真実とは違う事実をクリスティアは結末にしようとしているのだ。


 間違っている。

 そんなことは絶対に間違っている!

 全てを責めるように、アスターは声を荒げる。

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