魔法鉱石について③
「危険であることは重々、承知しておりますが、実験とその結果をお教えいただいても構いませんか?」
「勿論です、君なら下手に取り扱うこともないでしょうから。今、丁度資料を私が持っていて……ちょっと待ってください」
そういうとソファーから立ち上がったエヴァンは机の上や引き出しの中を探し回ると、小首を傾げる。
そして後ろのを振り返りその棚の中を見て、乱雑に積まれたファイルや紙の中から束になった紙を取り出す。
「これだこれ。彼のグループが提出した、えっとこの中の……これですね」
数枚ページを捲り、見付けた資料をクリスティアへと渡す。
受け取った資料にはエネスの名と、魔宝石のカット方法が事細かに指示されている。
「で、こちらが実験結果となります。カットの方法によって反応する魔法道具はそれぞれ違いました。一番危険なのは爆発を起こしたオーバルカットですね」
マーキスカットは能力の低下、ブリリアントカットは能力の増大、プリンセスカットは能力の変容があり、他にも様々なカットの実験結果が記載されている。
エヴァンが言う楕円のオーバルカットには爆発という物騒な2文字が二重丸で囲われていた。
「今にして思えば、彼が持っていたのは宝石鉱山で産出された魔法鉱石だったのでしょう。魔具師であれば取り扱わない鉱石です。呪われた宝石ですからね」
「呪われた宝石?」
「えぇ、魔具師の間では有名で。悪いことを引き起こす魔法鉱石なのでそう呼ばれています。魔力に敏感で、デリケートな鉱石なので取り扱いが難しいのです。魔法鉱石の加工に魔法道具を使用すれば反応があるのですぐに分かったのでしょうが。私は昔ながらの、魔法道具を使用しない方法で魔法鉱石を扱うので気付きませんでした。今回爆発を起こしたのも丁度、レコードを聴いていて、それに反応したようです。魔力の振動に敏感なカットだったようで……本当に突然爆発したので、驚きましたよ」
「お怪我はございませんでしたか?」
「極小規模の爆発でしたから。この通り、問題なく」
掠り傷一つもないと微笑むエヴァンに、それは良かったとクリスティアも微笑む。
「こちらの資料、お借りしても構いませんか?」
「あまり良い資料ではありませんので、他言無用でお願いしますね」
「勿論です」
爆発の件もあるので、学園長からは結果を生徒には公表はしないようにと口酸っぱく言われているのだ。
人差し指を唇に当てるエヴァンに、クリスティアは頷く。
「あとこちらですが、爆発を起こした魔宝石の欠片です。持ち帰られますか?」
「まぁ、ありがとうございます。エヴァン先生」
「いいえ。危険ですから、中からは出さないようにしてくださいね」
「畏まりました」
他の魔法道具に反応しないように、専用の透明なケースに入れられた小指の爪ほどの大きさの黒色の魔宝石の欠片。
小さなそれが爆発を引き起こす危険な鉱石には到底見えない。
「そういえばオカルトクラブのレイテ嬢がリュカオン様のお声をお聞きになられたと、大変興奮なされておいででしたわ。エヴァン先生はリュカオン様とお知り合いなのですか?」
「あっはっは。いいえ、いいえ。あれはちょっとした玩具で……待ってくださいね」
笑い声を上げ立ち上がったエヴァンは、左側の棚の上に置いていた手のひらサイズの球体を持ち上げるとクリスティアへと差し出す。
受け取ったそれは、何の変哲も無い丸い玉。
手触りはつるつるしていて、大理石のように滑らかだが、重さはペンほどの軽さしかない。
「いいですか、魔力を注ぎながらなにか呪文を唱えて下さい」
「呪文、ですか?」
少し悩んだように沈黙し、魔法道具を見つめたクリスティア。
呪文といわれても一体なにを言えばいいのだろうか。
あぶらかたぶら、ちちんぷいぷい、頭を掠めたチープな呪文に唇を開いたクリスティア。
だが声に出したのは、頭に浮かんだ呪文ではなかった。
「モ・ナミ」
我が友。
無意識に出た言葉と共に魔力を注げば、その球体は淡く輝くと、グオォォォっという低い声を上げるので、クリスティアは驚く。
「子供のおもちゃに入れる用の音声機を開発していたのです。簡単な挨拶や会話を話せるような。これは失敗作で、こんにちはと入れたはずなのにこのような叫び声になってしまいました。思わぬ形でしたが、役に立って良かったです」
「まぁ、先生ったら」
意外な所で意外な物が役に立つ。
すぐに破棄しなくて良かったと悪戯っ子のようにウインクして微笑むエヴァンに、クリスティアもクスクスと笑う。
「にしてもオカルトクラブの子は一体、宝石にどんな呪いを掛けたのでしょうね」
「そういえば……どんな呪いかはお伺いしておりませんわ。これはあくまで試練なのだそうですから」
「試練?」
「えぇ、聖女の降臨が近々あるそうなので。リュカオン様はわたくしを聖女の守護者にしたいのだそうです」
「聖女……?」
エヴァンの眉がピクリと動き、金色の瞳を細めて唇が結ばれる。
その表情には少しだけ、嫌悪感が滲んでいる。
「先生?」
「あぁ……いいえ。そういえば最近、神聖国でそのような噂が広まっているそうですね。きっと君が選ばれたのならば彼女にとって、十分すぎる守護者になるのでしょう」
公爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者、地位相応の護衛のあるクリスティア・ランポールという少女なのだから。
一瞬の表情など無かったかのように、ニッコリと笑んだエヴァン。
神の僕としてその身を教会へと預けていたことがあるというのに、エヴァンはあまり聖女のことが好きではないのかもしれない。
微妙な表情の変化を感じ取ったクリスティアは、フッとそんなことを思ったのだった。




