マーキスカットのエメラルド④
「お付き合いはされているの?」
「まさか!ラニアのことを好きになるのは勝手ですけど。ラニア優しいから最初に、お付き合いは出来ないですってちゃんと言ってるんです。変に期待を持たせるのって残酷だから」
両頬に両手を当ててラニアはニヤリと笑う。
何故だか知らないがクリスティアがエネスのことを気にしている。
彼女よりはエネスのことを知っているラニアはそのことに、優越感を感じる。
「知ってます?エメラルドには愛の成就以外にも意味があるんですよ。浮気の防止。ラニアがモテるから心配みたいで、付き合ってもないのにもう束縛しようとしてくるの。息が詰まっちゃう」
それが好意だと良いのにという期待で嫉妬心を煽ろうとするラニアだが、クリスティアはエメラルドの意味に興味を示さない。
エネスへと向けられているのが好意ではないと悟り、残念そうに小さく息を吐く。
「ま、いつまで続くか分からないけどね」
ポツリと呟いたラニアは、エネスが自分に執着はしないと分かっている。
分かっているからこそ、今のうちに貰えるモノだけは貰っておくつもりなのだと、机の上のエメラルドをじっと見つめる。
「そのエメラルド。あんまり良いエメラルドじゃないのに、なんで返して欲しがってるんだろう?」
「お分かりになりますの?」
「ラニアが宝石に興味を持つと喜んでくれるから、色々と勉強してるんです」
ルビーの勉強をすればルビーの宝石を。
サファイアの勉強をすればサファイアの宝石を贈ってくれる。
最近はエメラルドばかり贈られるから、エメラルドの勉強を頑張っているのだ。
欲を満たしてくれる人を手放さないように、ラニアはエネスを上手に操っている。
「エメラルドって色が濃くても薄くても価値が低くなる宝石でしょう?これは少し色が濃すぎるし、それに内包物が混じっているから半分に切ったんです」
「まぁ、内包物が混じっているとよく、お分かりになられましたわね」
アリッサは、素人には分かりづらいと言っていたのだが。
ラニアがそこまで勉強しているとは、思わなかったのでクリスティアは感心した声を上げる。
「だってこの半分をラニアが貰ったときに、エネス様が言ってたから」
ほらっとラニアがツインテールの髪の毛に隠れていた右耳を見せる。
そこにはマーキスカットされたエメラルドのイヤーカフが輝いていた。
「その宝石より綺麗でしょう?本当はそれごとラニアに贈ってくれるはずだったんですけど、半分に切って綺麗なほうをラニアにくれたの。エネス様、宝石のデザインとか加工の技術は凄いんだから、鑑定にこだわらなくても良いのにね」
誰しも望んだ家に生まれないように、望んだ能力を持て生まれるわけではない。
ならば持っている能力を、望まれる場所で生かせばいいというのに。
宝石商の一族として捨てられないプライドが、自分が持つべきだと望む能力への渇望が、本来持っている能力を活かすことの邪魔をしているのだ。
だがそのプライドに縋り付いている限り、エネスはラニアを捨てることはない。
それが可哀想で可愛いのだと、ラニアはこの耳でキラキラと輝くエメラルドに触れる。
確かにそれはジュエリーケースに入っている宝石より、美しいエメラルドだ。
「綺麗じゃないそれは、エネス様の婚約者にあげるんだって言ってました」
「アリッサさんに?」
「そう。エネス様ったら婚約者に贈る口実でラニアにくれる宝石を買ってたみたいで、それがご両親にバレちゃって怒られたんだって。だから次からは宝石の半分しか贈ることが出来ないって。バレるんならもっと良い宝石を買えば良かったのにね」
内包物が混じるような価値の低い宝石であったことに、ラニアは不満げに唇を尖らせる。
でも貰える物は貰う。
綺麗であろうがそうでなかろうが宝石は宝石。
それらはラニアが好きに買えるモノではないのだから。
「あっ!だから返して欲しいのかも!」
「どういうことでしょう?」
「今度のパーティーには珍しく、婚約者をお誘いして出席するんだって言ってたんです。ご両親にラニアとの付き合いを咎められたから、暫く一緒にパーティーには行けないんだって。婚約者にはお詫びに、自分が作ったアクセサリーを渡してご機嫌を取るつもりなんだって言ってたから。エネス様はその宝石でアクセサリーを作りたいのかも」
どの宝石で贈り物のアクセサリーを作るつもりなのか。
価値のある宝石を選んでいるのだろうか。
ラニアは少し気になっていたが。
もし、この呪われているかもしれない宝石の中から贈り物を選ぶつもりであったのならば……エネスはまだラニアのモノだ。
宝石眼を持つアリッサが見れば、自分がエネスからどう思われているのか分かるであろう価値の低い宝石達。
軽んじられる婚約を維持する意味が何処にあるのだろうか。
価値ある宝石を認めない宝石商になんの意味があるのだろうか。
もしクリスティアがユーリに同じような扱いをされたら、即刻に婚約を破棄したことだろう。
アリッサは何故、婚約を維持するのだろうか。
使用人の子だからと、堪える必要は何処にもないというのに。
 




