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ファニキア家のメイド②

「あの、初めまして……」


 コーリアから逃げるようにして離れた会場の中央。

 ビュッフェの前で選んだグラスを持ち、所在なげにしている女性へと話し掛けたのはアリアドネであった。


 つんけんしているルーシーが話しを聞けば尋問のようになり、警戒心を持たれるかもしれないという判断からで。

 ルーシーは女性の視界に入らないように、近くで聞き耳を立てている。


「私、アリアドネ・フォレストっていいます。今回初めての参加なんですけど……お名前をお伺いしてもいいですか?」

「あらそうなの?私はマリンダ・ルピアスよ。この集まりには何度か参加しているわ」


 顎を上げてツンっと澄ました様子で腕を組み、突然話し掛けてきたアリアドネを警戒するように見るマリンダ。

 だが一人で居た会場で誰かに話し掛けられたことは嬉しいのだろう、口角が押さえきれずに少し上がっている。


「そうなんですね、よろしくお願いしますルピアス先輩」


 コーリアから聞いているので彼女が実質二回目の参加だと知っているのだが、先輩風を吹かせたい様子が見て取れる。

 これまでのバイト経験から媚びを売るのは大得意だ。

 人畜無害げにニッコリと笑んだアリアドネの先輩という言葉に案の定、マリンダは嬉しそうに胸を張り、押さえきれなかった口角がにやりと完全に上がる。


「ルピアス先輩はどちらのお屋敷にお勤めなんですか?」

「宝石商のファニキア男爵家よ。あなたは……」

「えぇ!凄い!あのファニキア家にお勤めなんですか!」


 両手を合わせて大袈裟に羨ましがるアリアドネに、マリンダは精査するように彼女の装いを上から下まで見る。

 アリアドネの今日の装いは貧乏時代に使い古したプリンセスラインのオレンジ色のワンピースだ。

 流行を押さえていないどころか、あっちこっち解れているし、丈もレース生地で長くして直している。

 勿論、装飾品なども身に付けていない。


 アリアドネとて折角のパーティーなので、クリスティアに買って貰った良いドレスを着ようと思っていた。

 だが話しを聞くのに公爵家のメイドだと知られれば態度を変えるだろうから、なるべく惨めったらしい格好をしなさいとルーシーからの厳命を受けて選んだ衣装。

 まだ着られるから捨てるのが勿体ないと、抜けない貧乏性から残して置いたワンピースがまさかこんなところで役に立つとは。


 マリンダの衣服を見ていた眼差しが嘲るようなものへと変わり、鼻でふっと笑う。

 大した所で勤めていないと判断されたのだろう。

 マリンダが身に付けている自慢の宝石のブローチを見せるように胸を張ってきたので、アリアドネは若干の歯痒い思いをしながらもその気持ちを飲み込み、コソコソと小声をかける。


「ファニキア家ってどうですか?私、(借金返済で取られている分)お給金が少なくって……このワンピースも(勿体ない精神から)何度修繕したか分かりません」


 大事なところは省略して憐れさを語るアリアドネに、マリンダの自尊心が刺激されているのが分かる。


「まぁ、そうね。それほど良いってわけではないけれど……悪くはないわ。働いている使用人達には必ず、宝石をプレゼントしてくださるの」

「えーー羨ましいーー」


 胸のブローチがまさにそれだ。

 キラキラ輝く小さなガーネットを羨ましがるアリアドネを見て、マリンダの鼻が更に高くなっていく。


 給金の良いお屋敷はメイド達にとって一種のステータスシンボルなのだが、実際はファニキア家の給金はそれほど高くはない。

 下級貴族のファニキア家だが、宝石商としての収入は中級貴族の上。


 だが使用人達に支払う給金は下級貴族の平均ほどで、高くも低くもない。

 マリンダの胸に輝く宝石も、退職と同時に取り上げられるもの。

 ファニキア家は宝石以外にお金を使いたがらなくて有名でもあると、事前にルーシーから聞かされていたが、アリアドネは知らない振りをする。


「でもファニキア家って今、兄妹でなにか揉めてるって聞いたんですけど本当なんですか?」

「えぇーーどうなのかしら?」

「私まだ学生なんで、ラビュリントス学園に通ってるんですけど。ご子息のエネス様とご令嬢のアスター様とは知り合いなんですよ。だから色々と聞いているんです」

「そうなのね……学園のことは私達は知らないから」


 どうして兄と妹が揉めていると知っているか、一瞬警戒した様子のマリンダだったが、学生ならば二人の対立を直接見ることもあるかと納得する。

 邸の中のことは直接見聞き出来るので知っているが、外でなにが起きているのかは雇われているだけのメイド達には分からない。

 もし外でのことをアリアドネが知っているのならば、他の子達メイドへの良い土産話になるかもしれないと、マリンダは興味をそそられたような眼差しをアリアドネへと向ける。


 マリンダの胸の中に、ファニキア家に対する忠誠心は給金と同じほどしかない。

 辞めれば返される胸に輝くガーネットは、彼女にとってはイミテーションと変わらないのだ。


「ほら、エネス様の恋人の件とか。学園でも人目を憚らずにいちゃいちゃしちゃって……女子生徒からは総スカンなんですよ」


 実際はアリアドネの知り合いでもなんでもないので総スカンかどうかは知らないが、話しを盛る。

 だが邸内での行動に思い当たる節があるようで、マリンダも肯定するように強く頷く。


「そうでしょうね、邸のメイド達からも総スカンよ。ほら、エネス様の婚約者が使用人の子でしょう?自分にもいずれ何処かの貴族の令息と恋のチャンスがあるんじゃないかって、夢を見ていた子もいたんだけど……エネス様の態度を見てたらね、夢も覚めるってものよ」

「婚約者ってアリッサ様のことですよね」

「えぇ、そう」


 婚約式も身内のみで行ったくらいなので、エネスの婚約者の名前はそれほど広く広まってはいない。

 それなのに他の邸のメイドが名前を知っているだなんて。


 まだ少しアリアドネを疑っていたマリンダだったが本当に、二人の知り合いなのだと納得したのか、その口が軽くなる。

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